Happy Birthday, Yusuke !
チバのBDだからか、なんか懐かしい気持ちになっています。
朝ね、Norman Reedusの夢見てうなされて起きたのよ!
別にゾンビに追われたわけじゃないんだけどあまり良い夢じゃないみたい。ドヨーン。
だから、お口直しに( ? )、去年の暮れにヒロトと対談していた雑誌を読み返してるの。
ヒロトも変わんないね〜?
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永遠に好き
逆にチバは、おヒゲが白髪まじりになってきたからか、、、大人になりましたね!(「オヤジって言ヤァ〜いいだろ、オヤジってぇ!」と突っ込まれる事100%!)
いやぁ、ミッシェルガンエレファントの時は、細くてガリガリな大学生ぽかったからね〜。大学の音楽サークルにいそうな青年(見かけだけ)だったから、、、Lyraの中では、michelleの1st〜3rdの印象が未だに強くて、今の飲み助な風貌とのギャップに苦しんでいます( ←大げさ!^_^ )
人間て、其の人に出逢った時の印象が強く脳裏に焼きつく生き物なんじゃないかな。
その上、相手に対して、「大好き」とか「愛してる」っで感情が強ければ、強いほど、First Impressionが頭に焼き付いてしまう生き物なんじゃないのかな、って思うなぁ。
だから、痘痕も靨じゃないけれど、年取って皺が出来ても、髪の毛白髪になっても(Skin Headになっても)好きって感情が続いていけるんじゃないのかね。
まさに、チバにはLyraは、そんな感情があります。
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知らない方の為に、チバユウスケがどんな人か紹介すると、、、
チバユウスケとは
チバ ユウスケ(1968年7月10日 、49歳 )は、日本のミュージシャン、ボーカリスト、作詞家、作曲家、血液型A型!
現在は、The Birthdayのボーカル、ギターをメインのバンドとして活動しています。
1991年から2003年まで、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのボーカルとして活動。
出身地 は、神奈川県鎌倉市
学歴 は、湘南学園の幼稚園から高等学校まで通学してから、明治学院大学経済学部商学科卒業。でも、単位の取り方がわからなかったらしくてキューちゃんに(Drm)に履修の仕方を教えて貰ったって言ってたから、、、ギリギリ卒業したんじゃないのかね。
チバって才能溢れるミュージシャンだけど、たまに、抜けてることに言ったり、したりするよね?
天然な所がおもしろくて大好きなんだけど、笑えるよね。
チバの作詞は映像的なの。
デビューからLyraが1番好きな2ndの「High Time」までは、イギリスやヨーロッパの匂いがチラッとしていながら、冷めた状況を視覚的に見せていて、プラス、日本人らしいガチャガチャなせわしなさが魅力だったんだよね。
聴いていてざわつくんだよ。
「何かしなくちゃいけない!」
「このままじゃダメだ!」、、そんなザワザワ感。
最近は、昔よりも洋画からネタを拾ってきたかのような乾いた感じに。文学好きには堪らない引用が出てきて面白い。
ベンジーぽくなってるのが残念だけど、、、(ベンジー大好きなので残念とは悪い意味ではなくて個性がって話)
全部じゃないけどね。
でも、歌詞が似てるって言われてるのは間違いじゃないしね。
ベンジーとチバの違い
Lyraが思うベンジーとチバの作品の違いは、
ベンジーが何時も雨が降ってるような濡れた感じがする。ギターと淡い色の世界の歌詞だとすると、
チバは、乾いた砂漠にいるガラガラ蛇なんだよね!アメリカのROAD MOVIE を見てるような感覚がチバユウスケの詩の世界でしょう。
不思議なのがデビュー時のイギリスやヨーロッパの雰囲気がなくなり、アメリカへ移動したチバユウスケの世界としたら、
ベンジーは、日本からずっとイギリスやヨーロッパに憧れ続けているような世界観なんだよね。
アメリカンハーレーなんて和製英語にしろ、ベンジーは古き良きアメリカにも憧れている少年のままな気がする。少年のように純粋なの。
2人の共通点は、やたら、外人の名前や単語が羅列するところよね。
ビートニクスがLyraは好き。
2人にはその雰囲気を感じるから好きなのかもね。
チバユウスケを知らない人に彼がやっている音楽を説明するとしたら、
パブロック
ガレージロック
ブルースロック
パンク
ロカビリー
て感じになるかな。
ミュージシャンとして担当は、
ボーカリスト。
そして、全ての作品の作詞家であり、
作曲家(バンドとの共作も多数あり)。
thee michelle gun elephantの時はたまーに、ギターを弾くくらいで、殆どは、ボーカルしながら、昔はブルースハープを吹いたり、マラカスやマイクスタンドを振り回して歌っていましたが、
ROSSOでVO & G をやってからは最近まで、ずーっと、今は、ギターを離さず歌うことが増えましたね。たまに、ギターを放り投げるけど!
( ;∀;)
敬愛するミュージシャンはドクター・フィールグッド、ザ・クラッシュ、ダムドなどイギリスのロックやパンク、でもルースターズやシナロケと言ったメンタイロックを聴いていたから初期のミッシェルは、その色が濃いくて初期衝動が作品を貫いています。
最近は、また、ガレージロック、パンク・ロック、ブルースロック、パブロックからの影響が強い楽曲に戻って来てますね。
チバユウスケ自身、大の音楽好きで、レコード収集家であり、過去にテレビ番組内でレコードを紹介するコーナーを持っていたくらい。(いつか、その話をするのも面白いかもね。)
ミッシェル時代のオモロイ話がたくさんあるけど、又長くなってしまったので別の機会に、、、。
このBollocksでも言っていたけれど、ルーツがしっかりわかるバンドや、根っこがちゃんとあるバンドに惹かれるんだ、というのはLyraも凄く解る!
ロックが大好き!っていう気持ちがあるからこそ、ミュージシャンの音の探求が始まるんだよ。
音の探求をしていく内に、ルーツをたどって行くことになり、それが自然と自分の血となり肉となり、それが体から放出されるのがロックなんだよね。
生きるってそういう事なんだと思う!
そう、ROCKって生き様と同じなのよ、、、。
大好きなことを突き詰めて行く。
ルーツを辿るのも自己の鍛錬になるし新しい何かを生み出すソースになるよ。
ルーツね。
誕生じゃん、結局!
まさにBirthday!
げっ、チバユウスケのバンドもBirthdayじゃないのぅ〜〜!
もうやだ、チバにやられたわん!
本当は、The Birthdayの曲をPick Upしようと思ったけれど、
Lyraが1番好きなthee michelle gun elephantの曲『恋をしようよ!( Let’s Get Love)』にしました。
この世界が、わたしの根っこにある世界観 & 恋愛観だから。
プロモがないからLiveだよん!
そのほかのepisode
thee michelle gun elephant時に出演したミュージックステーションでは、武内絵美アナから「料理はされないのですか」と質問に「俺は出来ない」と発言。また、タモリから「暇なときは何をしてるの?」と訊かれ、「呑みに行ったり、ギター弾いたり…」と述べた。
2010年3月26日に放送された「LIVE H」(NHK札幌)内のトークで、観客から「(名前の)漢字を教えて下さい」と質問されるも、「秘密では無いんだけど…、嫌だ」と回答している。もしミュージシャンになっていなかったら、パイロットになりたかったと述べた。FC東京のサポーターであり、FC東京の試合でしばしば目撃される。
活動期間
・1991年 – 2003年
(THEE MICHELLE GUN ELEPHANT)
・2001年 – 2006年
(ROSSO)
・2006年 –
(The Birthday)
レーベル 日本コロムビア
(1996年 – 2002年)
ユニバーサルシグマ
(2002年 - )
事務所 BAD MUSIC GROUP
TRIPPIN’ ELEPHANT RECORDS
base
公式サイト rockin’ blues.com
参加バンド
1.THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(1991年 – 2003年)
2.ROSSO(2001年 – 2006年)
3.RAVEN[注 1](2003年)
4.THE MIDWEST VIKINGS(2005年)
5.Midnight Bankrobbers(2006年 – )
6.Star Casino(2006年 – )
7.The Birthday(2006年 – )
8.SNAKE ON THE BEACH[注 2](2012年 – )
9.THE GOLDEN WET FINGERS[注 3](2012年 – )
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経歴
幼少の頃はヴァイオリン教室に通う。教室は2回に1回は逃げていたが、発表会で日本武道館のステージに立つまで上達した。
幼稚園から高校までエスカレーター式に、神奈川県藤沢市の湘南学園に学ぶ。
音楽に対して本格的に興味を示し出したのは後の高校時代であり、高校在学時にドランカーというパンクロックバンドを結成。「探してよ」という日本語の曲などがあり、当時から作詞を担当していたという。
1991年、明治学院大学に入学。学内のサークル「ソング・ライツ」に加入しthee michelle gun elephantを結成。卒業後も活動を継続し、後にメジャー・デビューを果たす。
2000年に解散したBLANKEY JET CITYの照井利幸と共に、2001年にROSSOを結成。
当時としては期間限定バンドとしての意味合いが強く、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTでの活動を主としていたため一旦活動を休止させるが、以降も照井との交流は絶えず続き、2003年初頭に照井のソロプロジェクトであるRAVENのアルバム『限りなく赤に近い黒』にゲストとして参加。
同年9月1日、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの解散を発表し、10月11日に幕張メッセでのライブを以って解散。
解散後、新たにイマイアキノブ、佐藤稔を迎えた形でROSSOの活動を再開。
その後も長らくROSSOでの活動が続くが、THE MIDWEST VIKINGSやMidnight Bankrobbersなど新たなグループを次々結成し、また様々なバンド・グループにゲスト参加するといった、ROSSO以外での活動も目立った。2006年6月、ROSSOは再び活動を休止。
The Birthday
ROSSOの活動休止直後、元THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのクハラカズユキらと共にThe Birthdayを結成。
2009年7月22日にTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのメンバーとして活動を共にしたアベフトシが急逝。
7月25日に出演したフジロック・フェスティバルでのライブの冒頭で「今日のライブは、俺達の大親友だったアベフトシに捧げます。」と述べた。
2012年9月1日に公開の映画『I’M FLASH!』の劇中歌を、チバ、中村達也、KenKen、ヤマジカズヒデと共にバンド、I’M FLASH! BANDを結成し担当。
また初のソロ・プロジェクト、SNAKE ON THE BEACHを始動させ、同年10月にアルバム『SNAKE ON THE BEACH』をリリース。
同時進行としてこのアルバムから生まれた映画『赤い季節』が公開。
劇場ではチバ、中村達也、イマイアキノブによる「THE GOLDEN WET FINGERS」が出演。
映画の為の結成であったが、2013年には全国ツアーを敢行。
使用機材
ギターはグレッチの「テネシーローズ」、「ホワイトファルコン」、「ブラックファルコン」、ビンテージの「テネシアン」や「クリッパー」などを中心に使用。
The Birthdayではグレッチ・テネシーローズに落ち着いていてメインギターになっている。
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT時代には、
イタリアのメーカー「Eko」、
フェンダー・ジャガー、
フェンダー・ジャズマスターなどを使用。
チバ本人は長い間、自分の持っているジャガーをジャズマスターと勘違いしていたが、イマイアキノブの指摘により判明。
THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの楽曲「世界の終わり」のプロモーション・ビデオではジャズマスターを使用していた。
アンプはFender HotRod Deville410。エフェクターはBOSSのBD-2(Blues Driver)、ARIAのDD-X20(ディレイ)等を使用。
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