Marianne Faithfull【Sister Morphine】和訳シスター・モーフィンとは誰か? Who is Sister Morphine?

Happy Birthday Marianne Faithfull ☆

今日はMarianne Faithfullのお誕生日。今年もLyraがMarianneの曲を和訳したので、一緒にバースデイ・パーティーしましょっ。

12月29日は、LyraのMamaのBirthdayでもあるので、大切な日。全く関係ないけれど、色々な経験をして来た所や、生命力野つよさ、そして美しさも似ているので、なんとなく2人を重ね合わせてしまいます。

大切な2人の誕生日だから、Marianneが可愛らしかった時代の曲を選び、Happy ムードで行こうと思ったけれど、有名な曲の方がニーズが高いと思い、このヘヴィな内容の曲にしました。

Marianne Faithfullは、天使と言われていた時期があったけれど、実際は…頭が良い人だったんだと思う。

ただドラッグで人生を狂わされてしまった。

それが、この曲に全て凝縮されている。

数奇な運命を辿ることになってしまったMarianme Faithfull の世界を覗いてみましょう。

彼女の歌詞がそのまま真実になってしまった、、、

悲しい過去を知ることで、真実の彼女自身を愛おしく思えるようになるだろう。

 

今日Lyraが和訳&解説するのは、イングランド、ロンドン、ハムステッド出身のアーティスト、女優の Marianne Faithfull マリアンヌ・フェイスフル1946年12月29日 – )。

 

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随分前に和訳した時にも書きましたが、母親が、オーストリアの名門貴族の家系出身で、先祖がハプスブルク家や Leopold Ritter von Sacher Masoch レオポルト・フォン・ザッヘル=マゾッホの血筋を引いている(マリアンヌの母方の曾祖父母の兄弟)為に、お金持ちのイメージがあるが、実際は、上層中流出身(かつての交際相手だったMick Jaggerも同じ)であり、両親の離婚後は、裕福な生活は送れず、修道院で育つ経歴もある。後に1964年にデビュー。

今日Lyraが和訳する曲は、1969年2月21日にデッカレコードからリリースしたシングル【SomethingBetter】のBサイドとしてリリースされた Marianne Faithfullの代表する曲【Sister Morphine】。

別のバージョンを2年後、The Rolling Stonesから1971年のアルバムStickyFingersのためにリリースされた。

詳しい解説は、LyraのHipな和訳の後に、又お話しましょう!

 

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“Sister Morphine” is a song written by Marianne Faithfull, Mick Jagger and Keith Richards. Faithfull released the original version of the song as the B-side to her Decca Records single “Something Better” on 21 February 1969. A different version was released two years later by the Rolling Stones for their 1971 album Sticky FingersJagger produced the track.

=Sister Morphine=

Here I lie in my hospital bed
Tell me, Sister Morphine, when are you coming round again?
Oh, and I don’t think I can wait that long
Oh, you see that I’m not that strong
The scream of the ambulance is sounding in my ear
Tell me, Sister Morphine, how long have I been lying here?
What am I doing in this place?, Why does the doctor have no face?
Oh, I can’t crawl across the floor
Can’t you see?, Sister Morphine, I’m just trying to score
Well, it just goes to show things are not what they seem
Please, Sister Morphine, turn my nightmare into dreams
Oh, can’t you see I’m fading fast
And that this shot will be the last
Sweet, Cousin Cocaine, lay your cool hands on my head
Hey, Sister Morphine, you’d better make up my bed
‘Cause you know and I know in the morning I’ll be dead
And you can sit around and you can watch
All the clean white sheets stain red

 

さあ今アタシは

病院のベッドの上で横たわっている

教えてよ

シスター・モルヒネ

今度はいつ来てくれるんだい?

ああ

アタシはそんなに長く待てるとは

思えないんだ

ああ

それにアタシが強く無いって

貴方も分かってんだろ?

救急車の叫び声が

アタシの耳に響き続けてるのよ

教えてよ

シスター・モルヒネ

どれくらい

アタシはここで寝ていたの?

こんな所で

アタシは一体何してるんだろ?

何故医者は

アタシに合わせる顔がないんだい?

ああ

アタシにはこの部屋を

這って行く事が出来やしないし

貴方には分かるの?

 

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シスター・モルヒネ

アタシはただ仕返ししようとしてるだけよ

まあね

彼らがどう見えるかじゃないってことを

証明してるんだわ

お願いよ

シスター・モルヒネ

アタシの悪夢を

普通の夢に変えてちょうだい

ああ

アタシが物凄く早く

衰退していってるのが分からないの?

それにこの一発が

最後の注射になるんだわ

愛しい従兄弟のコカイン

貴方のひんやりした手を

アタシの頭に置いて

ねぇシスター・モルヒネ

貴方はアタシのベッドを

綺麗にした方が良いわよ

だって分かるだろ?

明日の朝には

アタシは死んでいるだろうからね

そしてアンタは目的もなく

動き回れるわ

そして貴方は見る事が出来るよ

綺麗な白いシーツが

全て赤く染まるのを…

 

Songwriters: Marianne Faithful, Mick Jagger, Keith Richard

Translator: Lyra Sky 和訳

 

虐げられた曲

前にこのブログで紹介した、初期のMarianne faithfullの代表曲と言える曲【 As Tears Go By】の可愛らしい声とは真逆のドスが聞いた声になってしまっていて、中には同じ人物が歌っているとは思えないだろう。

【Marianne Faithfull/ As Tears Go By】和訳 The Rolling Stonesの女と言うよりも Rebirth Woman

 

この曲は、Marianne Faithful, Mick Jagger, Keith Richards の連名でクレジットされている。つまりこの3人で書いた曲ということなのだが、リリースから随分と長い間、Marianneの名前は載せられていなかった。

Marianneが提訴し、彼女の名も併記されるようになったが、Mickは、「Marianne は歌詞を2行ほど書いただけだ。なのにあいつは”全部自分が書いた”とか”金は全て自分が受け取るべき”とか言ってるんだよね」と語っているが…Marianneは、このMickのセリフは嘘だと言っていたし、両者の意見は食い違っている。

初出は、1969年2月21日にデッカレコードのシングル【SomethingBetter】のBサイドとしてリリースされたのが、オリジナルのこのMarianne ヴァージョン。

しかし、世間的に過激な内容と言う理由で国によって削除されてしまう。この扱いに納得行かないMickとKeithは、2年後にMickがヴォーカルを取る別ヴァージョンをThe Rolling Stones から、1971年のアルバム『StickyFingers』に収録してリリースした。それも、Mickじきじき、このトラックをプロデュースしてまで。

Marianne Faithfull誕生と地獄

 

前にも書いたので、Marianneの経歴は、書かずにと思いましたが、知らない方の為に少し触れておきます。

イングランド・ロンドン生まれ。父は、大学教授、母はオーストリアの名門貴族の家系出身で、先祖がハプスブルク家。母の曾祖父母が、レオポルト・フォン・ザッヘル=マゾッホ。これについては、2009年、BBCインタビューで、従兄弟の死によってザッヘル=マゾッホ男爵家の家督を相続したと明らかにしている。

そのため、由緒正しい家庭で裕福だったイメージがついたが、実際は、貧しく、幼いころに両親が離婚してからは、修道院で育った。

その環境から抜け出す為か、17歳の時にJohn Dunbarと結婚。

このジョンが、ローリング・ストーンズの当時のマネージャーAndrew Loog Oldham と知り合いだった為、パーティで出会いスカウト→ 芸能界に入り。そして、彼女のために用意された曲【As Tears Go By】で、1964年にデビューする。

天使の歌声とまで言われ、ポップ・アイドルになる。

この勢いに乗り、ジャン=リュック・ゴダールに見出され映画デビューも果たす。その後、66年John Dunbar と離婚し、Mick Jaggerと公に付き合いだす。

だが、この交際期間は1966年ー70年迄と短く、流産を繰り返したり、事件も多発し、精神不安定から自殺未遂を繰り返す。

噂では、ドラッグに手を出すMarianneの酷さに「あの」Mick が麻薬をやめさせようとしたという。だがドラッグをやめさせられずに2人は1970年に破局。

あのエンジェル・ボイスは消滅し、1969年この【Sister Morphine】(シスター・モルヒネ)で、終わったと世間に言われていた中、復活したのである。

変化の原因と復活

声を潰した原因は、今、記したようにMarianne の流産とMickとの破局、、、その後のドラッグ、自殺未遂、アルコール、タバコでハスキーの声が出来上がったと言われている。

このアルバムで復活はしたものの、その後、目立った活躍がなかったが、1979年にはアイルランド・レーベルからアルバム『Broken English ブロークン・イングリッシュ』をリリースし、歌手として第一線に復活。ライブ活動も精力的に行った。

90年代以降は女優としての活躍。コアな内容(エロいのやら)から、Sophia Coppolaまで面白い映画に出演している。2010年以降は、体調を崩しがちであったが、2020年4月6日、新型コロナウイルスに感染、ロンドン市内の病院に入院。4月22日退院した。

【Sister Morphine】のリリース形態

Marianne ヴァージョンは、アコースティックギター Mick Jagger 、スライドギターとベースギターのRy Cooder 、ピアノとオルガンのJack Nitzsche 、ドラムに Charlie Watts が担当している。

オリジナルのUKDeccaシングルはFaithfullを共作者としてクレジットしていたが、London Recordsが米国でシングルを発行した時、彼女の名前は省略されてしまう。

そしてThe Rolling Stonesのリリースしたヴァージョンが収録されている『StickyFingers』のクレジットからは、法廷闘争の後、Mariianne は共著者としての権利を保持し、1994年にヴァージンレコードからのリリースの『Sticky Fingers』から『Steel Wheels』までのストーンズのアルバムカタログを再発行した。

英国では、推定500部がリリースされた後、タイトルの薬物参照のためにフェイスフルのシングルがデッカによって撤回されてしまう。

他の国ではシングルはリリースされたままが多い。オランダなどの一部の地域、イタリアと日本は、【Sister  Morphine】がA面にして登場した。

更にシングルのフランス、アメリカ、オランダのエディションは、実際には英国のリリースの両側の代替バージョンだった。

露骨な内容のため、これはスペイン語でのStickyFingersのリリースから除外されました。 「LetItRock」に置き換えらている。

Marianneは、The Rolling Stones Rock’n’Roll Circus のバッキングトラックでライブで歌われた【SomethingBetter】を演奏した。

しかし、この番組は放映されることはなく、【Sister Morphine】の現代的なパフォーマンスは世間に知られていない。

1979年Marianne のブロークンイングリッシュアルバムのセッション中に再録音し、その後『Broken English』で、7インチと12インチのシングルでリリースされた。このレコーディングは、アルバムの『2013 デラックスエディション』の2枚目のディスクにボーナストラックになっている。

この曲は彼女のコンサートセットリストの定番。1990年にはライブアルバム『Blazing Away 』に、2016年には『NoExit』に登場している。

 

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The Rolling Stones Version

わずかに異なる歌詞のThe Rolling Stones ヴァージョンでは、ボーカル Mick Jagger 、アコースティックギターとバックボーカルにKeith Richards 、スライドギターとピアノにRy Cooder と Jack Nitzsche、ベースにBill Wiman 、ドラムにCharlie Watts が担当。

ローリングストーンズが。コンサートで演奏することは滅多になかったが、バンドの1997年〜1998年のブリッジズトゥバビロンツアー中にライブで演奏され、ライブアルバム『No Securityで取り上げられた。

Sticky Fingers』のアルバムジャケットには、実際のジッパーが付いていたのは、有名の話だが、多くのコピーで【Sister Morphine】は、ジッパーが押し込まれたために破損していたが、この問題を解決するために、アルバムが出荷される前にジッパーが開かれたため、ラベルがへこんでしまったのだ。

歌詞と真実について

歌詞の内容を簡単に言えば、交通事故に遭って病院でモルヒネを求めて亡くなった男性の曲だ。

これは、Mick がMarianne と一緒にロンドンにいた時に、彼が上手くいかずに取り組んでいた曲から始まった。

甘く素敵な曲だったが、言葉のない歌にMarianneは、うんざりしたので歌詞を書こうと言ったらしい。

「私は事故を起こした男性について、この物語を書いたわ」とMarianne は、雑誌 Mojo に語った。

「彼は死にかけている。ひどい痛みで、彼が望んでいるのは、看護師が彼に別の注射を持ってくることだけだ。Mick も私も当時のジャンキーについてあまり知らなかったことを除けば、それは間違いなく一種のジャンキーソングだ。」 と言っていることから、曲を書いた当時は、2人は重度のジャンキーではなく、やっていたとしてもハードは、やっていなかったのが分かる。

Marianneは、「麻薬を使用している人を何人か知っていた」と付け加えてもいる。「この数人に、ビートニクの詩人のGregory Corso と彼女の最初の夫である美術商のJohn Dunbar と、部分的には、実在の人物を入れなければならなかったとしたら、 『Sister Morphine』は、Anita (Pallenberg)だったかもしれませんね。彼女は映画『Candy 』でナース・ブロックを演じたばかりだったからです。」と話した。

Lyraの好きなAnitaが演じてる看護婦は、時々、このブログで挙げている。例えば、こちらなど ↓↓

 

 

The Rolling Stonesは、Marianneが、歌詞を書いたのに、1998年のライブアルバム『No  Security』がリリースされるまで、彼女に公式の作詞作曲クレジットを与えなかった。

The Rolling Stones は作詞作曲のクレジットについて非常に保護的だった。彼らの曲のほとんどが Jagger/ Richards としてクレジットされていることをキープしたかったのだろう。Marianneの作詞作曲クレジットなしでアルバム『Sticky Fingers』に曲が収録されて世に出たとき、彼女はまだ元気だった。

「クレジットを取り戻すまで、私は戦い、戦いました。そして、私はそれを取り戻しましたが、少なくとも20年かかりました」と彼女はMojo誌に語っている。

このように、Marianne Faithfull は歌詞を書いた時は、麻薬のヘビーユーザーではなかったが、1971年に中毒になり、この時期に(同時に)The Rolling Stones のバージョンがリリースされたのだった。

Marianneは、これを彼女の「フランケンシュタイン」と呼んでいて、彼女を消費し、彼女を麻薬の深淵に導いたのだった。大変な思いをし、死ぬような目にもあったMarianne。

後年、彼女は習慣を打ち破り、歌手と女優の両方のキャリアを成功させ、再開することがで来たのは、せめてもの救いだろう。

 

このように、このブログで良く取り上げている Anita Pallenberg が、歌詞にかなり影響しているのが分かる。インスパイア内容は、先ほどの映画の看護婦のキャラクターもあるが、彼女が入院してモルヒネを与えられたときに触発されていると言っていいだろう。Marianneは、AnitaともBrianとも近しい関係だったからだ。

アニタ・パレンバーグ R.I.P. Anita Pallenberg 永眠。ローリングストーンズの女ってだけじゃないアニタの魅力について

 

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ギターで参加しているRy Cooder は、このトラックでボトルネックのギターを演奏している。彼は、この曲が書かれた後で、まだリリースされる前に、亡くなってしまったBrian Jones の代役を務めてたのだった。

これは、Brian の後任であるMick Taylor が演奏しなかった『Sticky Fingers』の曲の中で、唯一の曲になった。

これは、Anita 以外にも、麻薬、特にヘロインについての暗い曲を書いていた Velvet Underrot’nd の影響も受けている。

2013年1月にMarianneは、ガーディアン紙にこの曲を書いたことを思い出していて、

「私はそのタイトルが好きで、Lou Reed の作品【Sister Ray】と【heroin】が好きでした。詩的に好きだったの。ボードレールのようなものだと思ったが、何も魅力的ではない。本当に面白いビジョンだった」と語っている。

 

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皮肉だな、と思うのは、この歌詞を書いた後すぐに、Marianne が、痛々しいほどに歌詞通りのジャンキーになってしまう。つまり、歌詞が真実になったのだ。

彼女はガーディアンのインタビューで「この話は、病院で自動車事故に遭い、非常に傷つき、死にたいと思っている男性の話です。私に起こったこととはまったく異なりますが、それに対する私の気持ちはおそらく同じです。私はBrian Jones が亡くなった後、自殺未遂でシドニーに入院したんですから。ひどい時期でした」と語っている。

近い強い人に、ジャンキーがいた場合、かなりの確率で同じ状態になってしまう。大体の場合、恋人や友人や先輩に誘われ、断れずにしてしまい地獄行きになる。

実際のジャンキーにも、地獄から生還して生きる事を選んだ人にも会ったことがある。

ここで書いたら大変だから書かないが、生還した人は、死ぬような思いをしてと戦っている。あれは、毎日が戦争と言っていい。

アル中の人も同じだが、日常生活に誘惑が溢れているからだ。アル中と違いジャンキーは特殊だから、誘いは売人だけだなんて軽く思っていては間違い。

日常生活にある物を使ってやっていたのだから、商品や道具見ただけで、やりたくなるらしい。あの話はキツイなと思った。

今ここでLyraが、Marianneのリアル話やスキャンダルをもっと書いたら、彼女を天使だと思っていたり、MickのGFの過去キッカケで、「お洒落な人」と憧れてる人は、ガッカリするだろう。中には「そんな事ウソよ」と逆ギレするかもしれないから、書かないで綺麗な感じで終わらせよう。

ただMarianneが、堕ちたのはい無理もないと思う。今あげた説明のように、周りの環境が悪すぎた。それに彼女には、そこしか居場所がなかったのだから、逃げることも無理だったんだと思う。

誕生日にこんなハードな話をリアルにする必要もなかった、と言う人もいるだろうけれど、この堕落した彼女もLyraは愛おしい。嫌いにはなれない。

あの【As Tears Go By】『涙溢れて』を歌う彼女は、美しいと思うが、当時のマスコミが持ち上げたような天使とは思った事がないからかもしれない。

あの歌声には、悲しみと孤独しかないからだ。本当の悲しみを知らない人には、あの歌は、真実の歌い方で歌えないだろう。

這い上がって来た人にしか出せない世界があるのだ、Marianneの表情や歌声には。

孤独と強さ。

だからMarianneは、Nicoや Edie Sedgwick とは違い、地獄に堕ちても、生きて這い上がってこれたのだ。

Anitaがこの世からいなくなっでも、コロナにかかってもMarianneは生きている。

まだまだR& Rは続くのだ。

 

 

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The personnel for the Faithfull version are Marianne on vocals, Jagger on acoustic guitar, Ry Cooder on slide guitar and bass guitar, Jack Nitzsche on piano and organ, and Charlie Watts on drums.[

The original UK Decca single credited Faithfull as a co-writer, but when London Records issued the single in the United States, her name was omitted, as it was from the credit on Sticky Fingers. After a legal battle Faithfull retained her rights as a co-author, acknowledged by the 1994 Virgin Records reissue of the Stones’ album catalogue from Sticky Fingers through Steel Wheels.

In the United Kingdom, Faithfull’s single was withdrawn by Decca due to the drug reference in the title, after an estimated 500 copies had been issued, but in other countries the single remained in release.[In some territories such as the Netherlands, Italy and Japan, “Sister Morphine” appeared on the A-side. In addition, the French, US and Netherlands editions of the single actually featured alternate versions of both sides to the UK release. Faithfull performed “Something Better” sung live to a backing track at The Rolling Stones Rock and Roll Circus, but the programme was never televised and no contemporary performance of “Sister Morphine” is known.

Faithfull recorded the song again in 1979, during the sessions for her Broken English album, and it was subsequently released on a 7-inch and 12-inch single with “Broken English”. This recording appears as a bonus track on the second disc of the 2013 deluxe edition of the album. The song remains a staple of her concert set-list and appeared on the live albums Blazing Away in 1990  and No Exit in 2016.

 

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The Stones’ version, with slightly different lyrics, featured Jagger on vocals, Richards on acoustic guitar and backing vocals, Cooder and Nitzsche again on slide guitar and piano respectively, Bill Wyman on bass, and Watts again on drums.

Rarely played by the Rolling Stones in concert, it was performed live during the band’s 1997-1998 Bridges to Babylon Tour, and featured on the subsequent live album, No Security.

The song is about a man who gets in a car accident and dies in the hospital while asking for morphine. It originated with a tune that Jagger kept strumming when he was in London with Faithfull. Though it was lovely, she got sick of the wordless song, so she told him she’d write some lyrics. “I wrote this story about a man who’d had an accident,” Faithfull told Mojo. “He’s dying, and in terrible pain and all he wants is for the nurse to bring him another shot. It’s definitely a kind of junkie song except that neither Mick nor I knew much about junkies back then.”

Faithfull added she knew a couple of people who used narcotics: Beat poet Gregory Corso and her first husband, art dealer John Dunbar. “I think, partly, if I had to put a real person in it, ‘Sister Morphine’ might have been Anita (Pallenberg), because she had just played nurse Bullock in the film Candy.”

Marianne Faithfull wrote the lyrics, but The Stones did not give her an official songwriting credit until they released it on their 1998 live album No Security. The Stones were very protective about songwriting credits – they made sure most of their songs were credited to Jagger/Richards.

When the song turned up on Sticky Fingers without a writing credit for Faithfull, she was livid. “I fought and fought until I got the credit back,” she told Mojomagazine, “and I did get it back but it took at least 20 years.”

Faithfull was not a heavy drug user when she wrote the lyrics, but became an addict in 1971, at the same time The Stones’ version was released. She called this her “Frankenstein,” consuming her and leading her into an abyss of drugs. In later years, she was able to break the habit resume a successful career as both a singer and an actress.

Some of the lyrics were inspired by the time Anita Pallenberg, Keith’s girlfriend, was hospitalized and given morphine.

  • Ry Cooder played the bottleneck guitar on this track. He was filling in for the drug-addled Brian Jones, who died before this song was released, but after it was written. This was the only song on Sticky Fingers that Mick Taylor, who replaced Jones, didn’t play on.
  • This was left off the Spanish release of Sticky Fingers because of the explicit content. It was replaced with “Let It Rock.”
  • The Sticky Fingers album had an actual zipper on the cover. On many copies, “Sister Morphine” was damaged because the zipper pressed into it. To solve the problem, the zipper was opened before the album shipped so it just dented the label.
  • This was influenced by the Velvet Underground, who were writing dark songs about drugs, especially heroin.
  • Marianne Faithfull recalled writing the song to The Guardian newspaper in January 2013: “I just liked the name, and loved Lou Reed’s work, ‘Sister Ray and ‘Heroin.’ I liked the idea poetically. I thought it was like Baudelaire, but the song doesn’t glamorise anything. It was a really interesting vision.”
  • Not long after writing the song, the lyrics came painfully true to Marianne Faithfull. She recalled to The Guardian: “The story is about a man in a car accident in hospital, who’s very damaged and wants to die. It isn’t exactly what happened to me, but my feelings about it are probably the same. I was hospitalized in Sydney after an attempted suicide after Brian Jones died. It was a terrible time.”

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