【Marianne Faithful/ As Tears Go By】和訳 The Rolling Stonesの女と言うよりも Rebirth Woman

Happy Birthday Marianne Faithful! I love your music & your taste. I used to wear cute skirt fashion like yours before. and I’ve been said queen style by everybody because my hair styles’ve been like yours for a long time. You’ve been a queen since 60’s. and now.too! besides your birthday’s my mother’s day of birth,too. so I’m happy to remind my mom & you on 29th o’December. Today’s important day for me💕.

今日はMarianne Faithfulの誕生日!

そしてLyraのMumの誕生日でもあるので、特別な日かもしれないな。あとベンジーの誕生日でもあるからね〜。

大好きな人達の3人が、同じbirthdayとは運命的。

だから今まで和訳には取り上げなかったの。

Lyraの胸の中で大切に大好きを保管しておこうって。

元々、大切だから内緒にしておくことと言う事が多いかも。

SNSを初めて久しぶりに全てを真似される恐怖をうん年ぶりにやられて余計に、1番に近い大切な物はあげないようにしてる。

でも元々がオープンで開けっ広げな性格だから、たまに爆発する。

今日は忙しくて、何もしてあげられなかったからと言うのもあって、申し訳ないから取り上げようと思った。

それは、MarianeとMamaは似てる感じがするから。

劇的に生きて風のように散り、また再生する。

人は何度でも生まれ変われるのかな?

無邪気でいられるあの頃みたいに

笑える日が来るのかな?

今日Lyraが和訳&解説するのは、イングランド、ロンドン、ハムステッド生まれの歌手、女優である Marianne Faithfull マリアンヌ・フェイスフル1946年12月29日 – )。

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父は大学教授、母はオーストリアの名門貴族の家系出身で、先祖がハプスブルク家や Leopold Ritter von Sacher Masoch レオポルト・フォン・ザッヘル=マゾッホの血筋を引いているなど、ヨーロッパの深淵を除けそうな血筋を持ち、離婚により修道院で育ったという真面目さも想像出来るが、早くに結婚、離婚をしMick Jaggerと付き合ったのちの経歴がスキャンダラスなシンガーである。

今日Lyraが和訳する曲は、1965年リリースの Mick Jagger, Kieth Richards, Andrew Loog Oldhamが作詞作曲した曲【As Tears Go By】(邦題: 涙溢れて。

Rolling Stonesの楽曲だが、Marianne Faithfullの代表曲としても有名だ。

詳しい解説は、LyraのHipな和訳の後に又お話しましょう!

 

 

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As Tears Go By” is a song written by Mick Jagger, Keith Richards, and Rolling Stones’manager .. Marianne Faithfull recorded and released it as a single in the United Kingdom in 1964. Her song peaked at number nine on both the UK and Irish singles charts. Later, the Rolling Stones recorded their own version, which was included on the American album December’s Children (And Everybody’s). London Records released it as a single, which reached number six in the Billboard Hot 100 singles chart.

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=As Tears Go By=

It is the evening of the day
I sit and watch the children play
Smiling faces I can see
But not for me
I sit and watch as tears go by

My riches can’t buy everything
I want to hear the children sing
All I hear is the sound
Of rain falling on the ground
I sit and watch as tears go by

It is the evening of the day
I sit and watch the children play
Doing things I used to do
They think are new
I sit and watch as tears go by
Mm-hmmm-mm-hmmm-mm-hmmm
Mm-hmmm-mm-hmmm-mm-hmmm
Mm-hmmm-mm-hmmm-mm-hmmm

 

その日の夕方

私は座って

子供達が遊ぶのを見てるの

私が見れた笑顔は

私に向けられた物ではないのよね

私は座って

涙を流しながら

眺めるの

 

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私のパパ達は

全てを買えやしないわ

私は子供達が歌うのを聞きたいな

私が今聴ける音と言ったら

雨が地面を打ち付ける音だけ

私は座って

涙を流しながら

見ているの

 

ある日の夕方

私は座って

子供達が遊ぶのを見てるの

私は

昔よくしていたことを

しているのよ

彼らが考えるのは

新しいこと

私は座って

涙を流しながら

見ているの

 

ムム-フムムム-ムム-フムムム-ムム-フムム

ムム-フムムム-ムム-フムムム-ムム-フムム

ムム-フムムム-ムム-フムムム-ムム-フムム

Songwrites : Mick Jagger, Keith Richards,

Translator: Lyra Sky 和訳

 

=作詞作曲について=

【As Tears Go By】は、1964年にイギリスでシングルとしてレコーディングし、リリースされ、英国とアイルランドのシングルチャート、9位がピーク。

その後、ローリングストーンズは独自のバージョンを録音し、アメリカのアルバム「12月の子供たち(そしてみんなの」)に収録し、ロンドンレコードはシングルとしてリリース。ビルボードホット100シングルチャートで6位に。

両者共に良い結果に終わった曲だと言うことだ。

実は、Jaggers/Richardsで作詞作曲した初の曲が、この曲だったのだ。

ご存知のようにこの曲以前は、Rolling Stonesは、アメリカンブルーズとR&Bの曲をプレイするバンドだったでしょう?

それをマネジャーの Andrew Loog Oldhamが無理矢理2人を監禁のように、キッチンがある一室に閉じ込めて、自分が要求するような曲を書けって言った、、、のは有名な話だ。

ただその時の要求が何ともまあ、狙っている。

「俺は、周り四方を高いレンガの壁に囲まれた、窓は天井近くにしかない、セックスもない曲が欲しいんだ!」と言い一緒に曲を書くように強制したのだった。

 当初は【As Time Goes By】というタイトルが付けられていた。

映画『Casablanca カサブランカ』でDooley Willlson ドゥーリー・ウィルソンが歌う曲の「タイム」を「ティアーズ」に置き換えたのはAndrewだったと言う。

「俺たちは思ったよ 『なんてくだらね〜戯言か!ってな。俺たちは出てきて奴の前で演奏したら、アイツ(Andrew)は、「こりゃヒットする!」って言ったんだ。実際に俺たちは、こんなもんを売ったのさ。そして金儲けもできたしな。俺とミックは考えていたよ、こりゃ古い絞首刑の為の金だってね」とキースは語っている。

 

Mick Jagger の伝記を書いたPhilp Normanによると、この曲は、主にMickがセッションギタリストのBig Jim Salivaと協力して作成したものらしい。

Keith ではないとは、これいかに?

Andrew は、バラードは、Stones がまだやっていないフォーマットだったことを考慮して、若いMarianne に渡し、まだ17歳だった彼女がB面としてレコーディングさせた。

デモはアコギで、Andrewの命で、Mickの歌とBig Jim Salivan がMarianne のために演奏した。

「彼は私に走り書きの歌詞シートを手渡して、私はスタジオに戻ってそれを歌ったのよ。コーラングレがオープニングバーで、演奏しているのを聞くとすぐに、上手く行くって分かったの。そしてAndrewは終わるとやって来て、私に大きな抱擁をしてくれたわ。そして『おめでとう。君は自分自身に6番を持っているね』」とAndrewは私に言ったのよ」

レコーディングの成功により、デッカレコードは、この曲を9期Aサイドに切り替え、大人気シングルになったのだ。

メロディーは独特のオーボエラインが特徴。この曲でMarianneは、メジャーシンガーとしてのキャリアをスタートさせたのだ。

ロンドンのビートルズのマネージャー、Brian Epstein ブライアン・エプスタインが発表したセグメントで、テレビ番組HullabalooでMarianneは、この曲を歌ったりもした。

この曲は、特にMarianne のために書かれたのか、Rolling Stones のレパートリーの中からのアウトテイクかは不明だ。

Marianneは、歌詞は自分とは矛盾しているとインタビューで言っている。

「【As Tears Go By】は違う曲ですね。人気のある民間伝承に反して、私のために書かれた物じゃないんですが、私にはピッタリだったんです」

と言っていたが 「10年後、Blazing Awayアルバムのライナーノーツで、マリアンヌはレコードを「MickとKeithが、私のために書いた曲」と呼んで矛盾したことを言っている。

もともと、彼女の最初のレコードのA面は、LionelBartが書いた「IDon’tKnow(How To TellYou)」という曲に決定していたが、「ひどい」と彼女は書いてる。

「皆んな、ただの商業的なお上品な記録みたいな歌を必要としていただけ。私の声はもっと普通だから間違ってるのよ。苦悶したテイクの後に、またレコーディングしてみたわ。でも、私は単純に歌えなくて、 アンドリューは必死になって、もともとBサイドで計画されていた曲「As TearsGoBy」を試してみたの」と元々は期待していなかったほうがフィットしたと言う。

 

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だが、「【As Tears Go By】に夢中だったことは一度もない」と認めている。

「神はミックとキースがそれをどのように書いたか、どこから来たのかを知っている…とにかく、それは20歳の少年にとって絶対に驚くべきことだ。懐かしく振り返る女性の歌を書いたこと」「神様だけが、2人がどうやって書いたかを知っているでしょう」と語ってもいる。

因みにこれはバンドが、3回目のエドサリバンショーの出演中にライブで演奏した3曲、【I Ca n’t Get No)Satisfaction】と【19thNervous Breakdown】を含む曲の1つでもある。

数々の賞を取っていて、人気の高さからRolling Stones は、イタリアでシングルとしてイタリア語の歌詞を含むバージョンをリリース。タイトルは「Con Le Mie Lacrime」で、歌詞はDanpa ダンパによって書かれた。

この曲は、面白いことにリリースから随分と月日がたった2005年11月にストーンズのアビガーバンツアーで初めてツアーでライブ演奏されたという。

2006年のツアーのレグからのパフォーマンスは、2008年のコンサート映画Shine aLightとそれに付随するサウンドトラックアルバムのためにキャプチャされ、7月11日にミラノでストーンズはイタリア語の歌詞で演奏した。

この曲は、2013年6月3日にイリノイ州シカゴのユナイテッドセンターで、バンドの50&Countingtourのために、ジャガーとテイラースウィフトのデュエットもしている。

彼らの代表曲でもあり、初の2人の作品として売り出したのだから思い入れがあるのだろう。

 

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= Marianne Faithfulについて=

イギリス・ロンドン生まれは別に普通だが、先祖がハプスブルク家やレオポルト・フォン・ザッヘル=マゾッホの血筋を引いていると言うだけで、痺れてしまう人もいるだろう(Lyra は痺れる)

2009年BBCのインタビューにおいて、従兄弟の死によってザッヘル=マゾッホ男爵家の家督を相続したと明らかにしている。しかし家庭がそれほど裕福だったわけではなく、幼いころに両親が離婚しマリアンヌは修道院で育つことになる。

そして、17歳の時にジョン・ダンバーと結婚するが、ダンバーとThe Rolling Stones の当時のマネージャーAndrew Loog Oldhamがちょうど知り合いであったがため、パーティに出席したのをきっかけに芸能界に入り【As Tears Go By】で、1964年にデビュー。

清らかな歌声とロリータ的な美貌で人気を博す。ジャン=リュック・ゴダールに見出され映画デビューも果たし大人気アイドルになった。

Lyraは、『あの胸にもう一度』のMarianneが1番好きです。

その後ダンバーと離婚し、Mick Jaggerのミック・ジャガーの恋人になるのだから、波瀾万丈だろう、、、

だってまだteenagerだったのだから。息子もいたし。

Mickの彼女になってからの話は、ファンの皆さんならご存知だと思うからあまり詳しくは書かないけれど、付き合い始めは、最近の流行りのセレブカップルの先駆けみたいな感じ。

おしゃれな2人、有名人2人が付き合っている、と言うだけだった。

それがドラッグが絡み始めて、彼女の生活は混乱していく。

 

特に有名なのは、1960年代後半、全裸でオーバードースになって倒れているところを警察に見つかったと言う、マーズ・バー・スキャンダルだろう。

見つかっただけならまだしも、その時の全裸写真が新聞に載ってしまい、芸能界を揺るがすスキャンダルになってしまった。

この影響でMarianne は「地に堕ちた天使」「天使の顔をした娼婦」と今までのイメージと真逆なことを言われてしまう。

そのせいでブラックリストに名前が載り、清純のイメージを捨てざるをえなくなり、この事件でマリアンヌのアイドル生命は終わった。

それだけなら転落とはまだ言わないだろうけれど、彼女は、この騒動で精神的に追い詰められ、Mickと付き合っていたのに流産と精神不安定から自殺未遂も繰り返して行く。

ドラッグにハマっていたあのMickですら、あまりにもドラッグに手を出すMarianne を見かねて止めさせようとした。

だがやめさせられず、結局1970年に破局してしまう。

破局後、Marianneは男性不信に陥り女性のパートナーも作っていたという。

ジャンキーだったために、売人の彼女にもなり、そして、アルコール中毒にもなったりと1960年代末期から1970年代半ばまでのMarianneは、地獄にいたのだった。

デビューから3年間はエンジェル・ボイス、1968年【Something Better】では歌唱法を変え、決定的に今のしゃがれた声に変化したのは、1969年の【Sister morfine】だ。

折しもパンク・ミュージック全盛期になり、Marianneの声のこの変化は、パンクにマッチしたもので話題になったと言う。

そして増々ドスの効いたしゃがれ声に磨きがかかり今に至る。

1979年アイルランド・レーベルからアルバム『Broken English』をリリースし、歌手として第一線に復活しツアーもするようになった。

女優としても2006年映画『Marie-Antoinette』でマリア・テレジアとして出演。2007年61歳で映画『やわらかい手』の主役マギーを演じた。

近年では体調を崩しがちであったが、2020年4月6日、新型コロナウイルスに感染し、ロンドン市内の病院に入院し、4月22日に退院している。

 

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ローリングストーンズは1965年に、独自のバージョンを録音し、Marianne の1964年バージョンからアレンジを変更している。

どちらがより良いかは、好みによるだろう。

彼女の1964バージョンは全体にパーカッションとストリングスを備えている。

The Rolling Stones のバージョンは、逆に完全にパーカッションがなく、アコースティックギターで始まり、2番目の詩に弦が入る。因みに弦のアレンジはマイクリアンダーによって行われた。

歌詞は、ロリータなMarianneが歌うと美しい散文詩のようだとLyraは思う。

美しくて感受性が強い女の子が、無邪気に遊ぶ子供達を見つめながら、愛や悲しみを胸に涙する姿が浮かび、刹那い。

それもパトロン達がいるような子だから、普通の女性ではなく、自由奔放な子が浮かび、ザワザワしてしまう。

イケナイことを見ているような胸のざわめき。

歌詞は、美しい瞬間を切り取っているようで、LyraはMarianneのこの歌に普遍性を感じる。

そしてMarianne Faithfulという女性の力強い生命力も永遠に続いて行くだろう。

倒れても倒れても何度も立ち上がる生き方に、mum の姿が重なってしまう。

生きるということは、全てを乗り越えて、再生して行くこと。

何度でも…

Marianne Faithful に生きることパワーを貰う。

何度でも立ち上がり、挑戦して行こう。

Marianneねように。

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“As Tears Go By” was one of the first original compositions by Jagger and Richards; previously the Rolling Stones had chiefly been performing American blues and R&B tunes. By one account, Rolling Stones manager Andrew Loog Oldham locked Jagger and Richards in a kitchen in order to force them to write a song together, even suggesting what type of song he wanted: “I want a song with brick walls all around it, high windows and no sex.” The result was initially named “As Time Goes By”, the title of the song Dooley Wilson  sings in the film Casablanca. It was Oldham who replaced “Time” with “Tears”.

We thought, what a terrible piece of tripe. We came out and played it to Andrew [Oldham], and he said “It’s a hit.” We actually sold this stuff, and it actually made money. Mick and I were thinking, this is money for old rope.

According to Jagger biographer Philip Norman, the song was mainly created by Jagger, in co-operation with session guitarist Big Jim Sullivan. Oldham subsequently gave the ballad (a format that the Stones were not yet known for) to Faithfull, then 17, for her to record as a B-side. Oldham played a demo for her with Jagger singing and Big Jim Sullivan on acoustic guitar. “He handed me a scrawled lyric sheet and I went back into the studio and did it. As soon as I heard the cor anglais playing the opening bars I knew it was going to work. After a couple of takes it was done. Andrew came and gave me a big hug. ‘Congratulations darling. You’ve got yourself a number six,’ he said.”

The success of the recording caused Decca Records to switch the song to an A-side, where it became a popular single. The melody features a distinctive oboe line. It reached number nine in the UK Singles Chart and launched Faithfull’s career as a major singer. The song entered the Billboard Hot 100 the week ending 28 November 1964, where it stayed for nine weeks peaking at number 22. In Canada, it peaked at number two on the RPM chart. Faithfull performed the song on the television show Hullabaloo, in the segment presented by Beatles manager Brian Epsteinfrom London.

It is unclear if the song was written especially for Faithfull or an out-take from the Stones’ repertoire. Author Mark Hodkinson writes in his biography As Tears Go By that she contradicts herself. “All that stuff about how Mick wrote it for me was awfully nice but untrue” she told Penthouse in 1980, writes Hodkinson. “Ten years later, on the sleeve notes for the Blazing Away album Marianne contradicted herself by referring to the record as “the song that Mick Jagger and Keith Richard wrote for me,” concludes Hodkinson.

However, in her own autobiography, Faithfull(1994), written together with David Dalton, she says “‘As Tears Go By’ was not, contrary to popular folklore, written for me, but it fitted me so perfectly it might as well had been”. Originally, the A-side of her first record should have been a song written by Lionel Bart, “I Don’t Know (How To Tell You).” But that song was “awful”, she writes. “It was one of those showbiz songs that needed the proper register. My voice was just plain wrong! We did take after agonizing take … but I could not simply do it. In desperation Andrew got me to try the song that originally had been planned for the B-side, ‘As Tears Go By’.”

She admits that she “was never that crazy about ‘As Tears Go By.'” “God knows how Mick and Keith wrote it or where it came from … In any case, it is an absolutely astonishing thing for a boy of 20 to have written a song about a woman looking back nostalgically on her life.”

The Rolling Stones recorded their own version of “As Tears Go By” in 1965, changing the arrangement from Faithful’s 1964 version: her 1964 version features percussion and strings throughout; the Rolling Stones’ version completely lacks percussion and opens with acoustic guitar followed by strings entering in the second verse. The string arrangement on the Stones’ version was done by Mike Leander.

“As Tears Go By” was one of the three songs (including “(I Can’t Get No) Satisfaction” and “19th Nervous Breakdown”) that the band performed live during their third appearance on The Ed Sullivan Show. It was released as a single in December 1965 by their North American record label, London Records, due to popular demand after radio DJs across the country started playing it from the band’s recently released album December’s Children (And Everybody’s). It peaked at number six on the American Billboard Hot 100, and at number 10 on the Billboard Easy Listening chart, years before the seemingly more wholesome Beatles would see their first entry. The song was later released in the UK in 1966 as the B-side to the single, “19th Nervous Breakdown”.

The Stones released a version with Italian lyrics as a single in Italy, under the title “Con Le Mie Lacrime” with the lyrics written by Danpa.

The song was performed live on tour for the first time in November 2005 on the Stones’ A Bigger Bang Tour. A performance from the 2006 leg of the tour was captured for the 2008 concert film Shine a Light and the accompanying soundtrack album. On 11 July in Milan the Stones performed it with the Italian lyrics. The song was performed as a duet between Jagger and Taylor Swift on 3 June 2013 at the United Center in Chicago, Illinois, for the band’s 50 & Counting tour.

Personnel

  • Mick Jagger – lead vocals
  • Keith Richards – 12-string acoustic guitar
  • Mike Leander – string arrangement

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