ローリングストーンズ【Wild Horses】和訳 Mick Taylorについて。そしてCarl Grimesに捧ぐ歌 WalkingDead

Lyra noticed Carl resembles MickTaylor.

WalkingDead Season8 第8話からなかなか立ち直れないLyraです。

前々から言おうと思ってたんだけど、カールってミック・テイラーに似てるって。

おチビの時に「誰かに似てるな?この子」と名前が出てこなかったが、カールがロン毛になったあの時に分かってスッキリした思い出があるの。

だから今日はCarlが似てるMick Taylorがいた頃のRolling Stonesの中でLyraが好きな曲を和訳したので紹介します。

LyraがCarlに捧げる歌、、、

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Rolling StonesやRock好きじゃない人は、Mick Taylorが誰だかわからないと思うのでチラッと紹介します。(詳しくはラストに書きます。知ってる人は、和訳へ飛んでええよー。)

= Mick Taylorとは =

ミック・テイラーは、本名マイケル・ケヴィン “ミック”・テイラー(Michael Kevin “Mick” Taylor, 1949年1月17日 – )という、イギリスのミュージシャンであり、ローリング・ストーンズの2代目ギタリスト、で、

Lyraが大好きなブライアン・ジョーンズBrian Jones亡き後の2代目ギタリストとして有名。

彼の使用楽器は、
Gibson Les Paul
Gibson SG。あったかくて伸びるギターがLyraの好きな音です。

ミック・テイラーは、現役バリバリ!脱退した後はソロ活動して来ましたが、最近、ストーンズのメンバーのライブでステージに上がったりして復縁した昔の恋人同士みたいな事をたまにやってます。(←変な例えだね。)

『ローリング・ストーン』誌の2007年11月号企画、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も過小評価されている25人のギタリスト」において第8位ってのが言い得て妙だから笑える!

そう、上手いギタリストで幼少時代から天才ギタリストと言われて来たミック・テイラーなのに、オシャレで破天荒だったBrian Jonesと、ミック後に入ったおちゃらけてハイテンションなファンキーRon Woodという、キャラ濃すぎ〜の2人に挟まれちゃたせいで、地味キャラになってしまった可哀想なリトルミックなんです。(ニックネームがLittle Mickだよ)

若い時のリトルミックは、本当フサフサロン毛が「女の子みたい」とイギリス中に言われていたくらいLookin’ Goodだったからファンも沢山いたの。ブライアンが忘れられちゃうくらいだったらしいし。

カールみたいに可愛い少年みたい。それが4枚のアルバム参加した後、自分から辞めたいとストーンズを脱退しました。

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「目指す音楽性の相違」って理由をリトルミックは言ってましたが、実際はストーンズの乱痴気騒ぎについていけなかったんじゃないかな。

辞めた時は、キースやミックなどメンバーは痛手が大きかったそうだし、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」においても第37位(2011)と、彼の実力と人気は今も根強いギタリストです。

= “Wild  Horses” とは=

この曲は1971 年リリースの名盤『スティッキー・フィンガーズ』(Sticky Fingers)に収録の曲。

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ミック・ジャガーとキース・リチャーズ作のバラードで、セッション·プレイヤーのジム·ディッキンソンがピアノを担当。

キースが、エレキギターと12弦アコースティックギター、

ミック·テイラーはアコースティック・ギターを担当し、ナッシュビル·チューニングを使用。

因みに、彼らが設立したローリング・ストーンズ・レコードからリリースした初のアルバムであり、

ミック・テイラーがこの作品からフル参加。

ほかに、ポール・バックマスターがストリングス、

ニッキー・ホプキンスがピアノ、

ビリー・プレストンがオルガン、

ライ・クーダーがギター、

ジャック・ニッチェがピアノと言う豪華なメンバーが揃ったラブソングです。

Lyraが好きなアニタAnita Pallenbergへの愛(キースから)の歌だからLyraなりにアニタと、頭の中にはウォーキングデッドのカールも置きながら和訳したので読んでみてね。

ミックジャガーが作詞を最終的に完成させた為、ミック(ジャガー)のマリアンヌへの想いとも言われてるがミックが「ちゃうねん」と言ってたからLyraはアニタにするわ。

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= Wild  Horses = by The Rolling Stones

Childhood living is easy to do
The things you wanted I bought them for you
Graceless lady you know who I am
You know I can’t let you slide through my hands
Wild horses couldn’t drag me away
Wild, wild horses couldn’t drag me away

小さい頃は生きるのが簡単だったな

お前が欲しがるものは俺が何でも買ってやった

品がない君、はは、お前には俺がどんな奴かわかってるだろ

俺にはお前がこの両手から滑り落ちていくのが耐えられないんだ

俺のじゃじゃ馬、俺を捕まえられなかった

俺の可愛い野生の馬よ、俺をしょっぴくなんて無理さ

I watched you suffer a dull aching pain
Now you’ve decided to show me the same
No sweeping exit or offstage lines
Could make me feel bitter or treat you unkind
Wild horses couldn’t drag me away
Wild, wild horses couldn’t drag me away

お前がズキズキする痛みに耐えてるのを見た

今、お前は同じ思いを俺にしようって決めたんだな

開かれた出口も私生活との境界線もない

俺に人生の苦味を味合わせたり、酷い仕打ちをしたくなるように仕向けるお前

俺のじゃじゃ馬、俺を捕まえられなかった

俺の可愛い野生の馬よ、俺をしょっぴくなんて無理さ

I know I’ve dreamed you a sin and a lie
I have my freedom but I don’t have much time
Faith has been broken tears must be cried
Let’s do some living after we die
Wild horses couldn’t drag me away
Wild, wild horses we’ll ride them some day
Wild horses couldn’t drag me away
Wild, wild horses we’ll ride them some day

俺が夢見るお前は罪と嘘で出来てる

俺には自由があるけど時間がないんだ

信仰とやらは、泣き叫んだ涙で壊れちまったよ

死んだらあの世で一緒になろう

俺のじゃじゃ馬、俺を捕まえらなかった

俺の可愛い野生の馬よ、

いつの日か2人で乗りこなそうか?

俺のじゃじゃ馬、俺を捕まえられなかった

俺の可愛い野生の馬よ、

いつの日か2人で乗りこなそう

 

ソングライター: Keith Richards / Mick Jagger

Lyraがアニタを好きだからかもしれないけれど、ダメな女を好きになる男の気持ちって父性愛なんだなって考えてる。

だから、キースって愛があるシャイな男なんだな、ってね、、、この歌詞の気持ちが真実ならばの話だけど。

ツアーに出るとミュージシャンは、愛する妻や子供たちとしばらく、酷いと一年近く暮らせなくなる。(アニタとは籍入れてないけど)

キースのアニタとマーロンを家に置き、ツアーで会えなくなってしまうキースの気持ちを書いたこの詩は、別れてしまったマリアンヌへのミックジャガーの愛だとも言われているけどさ、

キースと違いミックは割り切り早いようだから、こんなダメ女へ「あの世に行っても一緒に暮らそう」とはならんな。

キースのこの時期の愛は、父の愛に近い。擁護する気持ちに溢れてる。

だから、今回のWalkingDeadのカールが死に際にあるせいか、ミック・テイラー似だし、Lyraの好きな曲の中でリトルミック在籍時の曲を紹介するには、父性愛を感じさせるこの曲が良いな、と選びました。

カールは良い子だから、アニタみたいなダメ人間な事はしていないし全部の歌詞がカールには当てはまらない。ただ、匂いが似てるんだ。

リックの愛に包まれてスクスク育ったカールだけど、今振り返ると苦難の人生を送ってきたんだよね。

あの若さで人生の苦味を味わい、嫌なこと(鹿狩りで殺されかけたり、マミーを殺さなきゃいけなかったり、パパをかばって片目を撃たれたり)をたくさん経験して、こんな生き方に良く耐えてきた、、、と拍手を送りたい。

もちろん、なくなったアニタにも…頑張ったね、と。

チャンドラー・リッグス君は、大学進学と映画主演決定のせいで髪の毛をバッサリ切っちゃったから、このミック・テイラーヘアは見れなくなっちゃうのよね。

誰だって卒業はあり、別れはある。

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ただ、原作ではカールは今たくましく父の片腕として奮闘してるし、リーダーになるべくして生きてるような少年になっているのに、今、殺す必要はないんじゃないの?って製作陣の判断ミスを感じてます。

他に殺して良いキャラいるじゃない?

ほら、くず鉄のゴミ部落とか、くず鉄のゴミ部落とかさ、くず鉄のゴミ部落とか、、、(← しつこい)

カールが没キャラになるのは今年の夏前にから聞いてた。

でもね、スタッフがカール役をやっぱ大事だと考え直して、チャンドラー君はやめても、他の俳優さんに変えて生かしてくれたら、と半分は期待してたからガッガリしてる。

みんなはどう?

やってける〜、この気持ちでぇ。

ヴォー!

気分上げるのを今度は紹介するぞ!

待っててね。

ウォーキングデッド後半戦は来年、2018年年2月26日22:00〜だよ!

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= ミック・テイラーMick Taylor =

出生名 マイケル・ケヴィン・テイラー
別名 Little Mick
生誕 1949年1月17日(68歳)
イングランド, ウェリン・ガーデン・シティ
ジャンル ブルースロック
ロック
職業 ミュージシャン
ソングライター
担当楽器 ギター
ヴォーカル
活動期間 1965年 – 現在
レーベル コロムビア・レコード
デッカ・レコード
ローリング・ストーンズ・レコード
アトランティック・レコード
EMI
ヴァージン・レコード
CBS
共同作業者 ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ
ローリング・ストーンズ

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ハートフォードシャーのウェルウィン・ガーデン・シティで生まれ、同州のハットフィールドで成長。

9歳でギターを始め、その才能は非凡なものがあると認められた。

素人時代にエリック・クラプトンが欠場したブルースブレイカーズのライブに客席から飛び入りし、クラプトンのギターを完全にコピーしてみせたという伝説を持つ。

わずか17歳でジョン・メイオールのブルースブレイカーズに加入し、ツアーやレコーディングを行った。

ストーンズ加入

ローリング・ストーンズは1969年に3年ぶりの北米ツアーを行う予定が、Gのブライアン・ジョーンズが薬物依存治療中なのに、警察に執拗に家宅捜索等をおこなわれ、2度逮捕。ブライアンが海外ツアーの障害となっていたが、ライブをやらないせいで過去のバンドと見なされてきたストーンズは、ライブせざるおえない状況になり、ブライアンを解雇。

しばらくして自宅のプールでブライアンが溺死したため、急遽ギタリストを決め追悼ライブをしなければ行けなくなった。

ブライアンの脱退後、ミック・ジャガーはジョン・メイオールからミック・テイラーの紹介を受け、当時録音中の『レット・イット・ブリード』のセッションに参加させた。

テイラーは「カントリー・ホンク」「リヴ・ウィズ・ミー」の2曲に参加する仕事と考えていたが、ジャガーが、テイラーに正式ギタリストに選ばれたことを伝えメンバーになる。

テイラーが参加したライブは1970年の『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト』に収録。同作はオルタモントの悲劇の1週間前、マディソン・スクエア・ガーデンでの2夜連続ライブの模様が収録された。

彼の参加したスタジオ・アルバムは『スティッキー・フィンガーズ』『メイン・ストリートのならず者』『山羊の頭のスープ』『イッツ・オンリー・ロックン・ロール』の4作品。

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加入後は主にリード・ギターを担当。だが、一部の曲(「ビッチ」「シェイク・ユア・ヒップス」など)ではリズム・ギターで的確なリズム・ギターを披露。また「フィンガープリント・ファイル」ではベースも担当。

ミック・テイラーはストーンズを1974年12月に脱退。

脱退についてテイラー自身は「メンバー間の個人的感情の問題ではなく、純粋に音楽的理由で脱退した。」と語った。ミック・ジャガーはテイラーの脱退を冷静に受け止めており、1995年に『ローリング・ストーン』誌のジャン・ウェナーとのインタビューで、テイラーがメンバーだった時期がバンドの最も音楽的に充実した時期であったと認めた上で、「彼はソロ経歴を積みたかったんだよ。僕が思うに彼はキースとうまくやっていくのが難しいと悟ったのさ。」と語った。

キース・リチャーズは彼の脱退に対して不満を漏らすが、ギターワークについては後に加入するロン・ウッドの方が「ブライアンとやってた時のような感覚に戻った。」とも語っている。

この頃リチャーズと不仲だったというビル・ワイマンは、この脱退に乗じて自身のプロジェクトでバンドを組まないかと誘ったという。チャーリー・ワッツも後年「あの時期での脱退は不適切だったと思う。」とそれぞれ語っていて、脱退についてメンバーそれぞれに全く異なる印象を与えていたことが窺える。

しかしながら1981年12月14日にテイラーは、ストーンズのカンザスシティ、アローヘッド・スタジアム公演に参加。

1986年12月28日のテイラーのニューヨーク・クラブでのコンサートにはキースが参加している。彼らは「キー・トゥ・ザ・ハイウェイ」「キャント・ユー・ヒア・ミー・ノッキング」を演奏。

1987年にはキースの初ソロ・アルバム『トーク・イズ・チープ』(1988年)の「ストゥッド・ユー・アップ」のレコーディングに参加。

1980年代に入って以降は互いの持っていた複雑な感情を時が解消しており、現在メンバー達との関係は良好。ストーンズの1989年にロックの殿堂入りの際に、メンバーとして共に舞台にあがっている。

2012年11月にイギリスで、12月にアメリカで開催されたストーンズ50周年記念liveに参加して「ミッドナイト・ランブラー」で見事なギタープレイを披露。

2013年から2014年の現在も行われているワールド・ツアーにはゲストミュージシャンとしての扱いながら毎回参加しており、公演後のスタンディングオベーションにメンバー達とともに応えている。

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ソロ・キャリア

1973年 マイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」のプロモーション・ライヴに参加。

ザ・ローリング・ストーンズ脱退後、ジャック・ブルースのバンドにカーラ・ブレイとともに参加。

UK国内のツアー、マンチェスター公演のライヴ録音「Live at the Manchester Free Trade Hall”」(CD, 2003年)をリリース。

1977年、マイク・オールドフィールドで共演した、ピエール・ムーランズ・ゴングのレコーディングに参加後、CBSレコードとレコーディング契約を結ぶ。

1978年ソロ・アルバムの制作、1979年にクマ原田、ピエール・ムーランらの協力のソロ・アルバム『ミック・テイラー』をリリース。

1982年ジョン・メイオール・アンド・ブルース・ブレイカーズの再結成ツアーに参加後、活動拠点をニューヨークに。

翌1983年のボブ・ディランのアルバム『インフィデル』の録音参加をきっかけにボブ・ディランの依頼を受け1984年の夏の欧州公演のオープニング・アクトとバック・アップ・メンバーとして活動し、ライヴ作品『リアル・ライヴ(1984年)』発表。

1985年のスタジオ録音作品『エンパイヤ・バーレスク』に参加して録音。

ロサンジェルスでのスタジオ録音のセッション・ミュージシャンの活動と並行してキーボード奏者のマックス・ミドルトンとともに自身のバンドのライヴ活動も続け、1987年には初来日公演を行った。

1990年ライヴ公演を収録した「Live – Stranger In This Town」をリリース。

カーラ・オルソンとのライヴ活動を行っており共同名義の数枚のライヴ作品をリリースしている。

1999年、オリジナル・アルバム2枚目の『ア・ストーンズ・スロー』を発表。

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