【I Wanna Be Your Man】 Rolling Stones 和訳 解説 Brian Jones’ Birthday! ブライアン・ジョーンズについて

Happy Birthday to Brian Jones!

I always watch your photes & listen to RS’s songs you’re playing.

Wish you’re happy & found your place for relief.

Have you seen Anita my lady again at there?

ブライアン・ジョーンズ お誕生日おめでとう!

Brian の誕生日記念に、彼が張り切っていた時のRolling Stonesの曲を和訳してお祝いしましょう。

天国で、Lyraが大好きな  Anita Pallenberg アニタ・パレンバーグと仲直りしていますように、と願いを込めて。

今日Lyraが和訳&解説するのは、イングランド 出身のロックバンド The Rolling Stones ローリング・ストーンズ。 

1962年4月にロンドンで、今日バースデーの Brian Jones ブライアン・ジョーンズ(Guitar,Harmonica)、Ian Stewart イアン・スチュワート (Piano)、Mick Jagger ミックジャガー (Vocal, Harmonicat) 、Keith Richards キース・リチャーズ (Guitar, Vocal) 、で結成されたのが物語の始まり。

(MickとKiethが St. Dartford ダートフォード駅で出会って云々は今日は省略。今日はBrian’s Dayだから)

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その後、Bill Wyman ビル・ワイマン(Bass)とCharlie Watts チャーリー・ワッツ(Drums) 加入して皆が知っているThe Rolling Stonesの初期のラインナップが揃う。

世の中では、結成当時リーダーはBrianで、その後、有名コンビ Mick & Kieth (クレジットはJagger& Richards) の2人が作詞作曲をし初めてオリジナルソング主体バンドにシフトしたため、Brianではなく2人がバンドをリードしていくようになったと言われている、、、が、たまにインタビューでMickは「Brianがリーダーであったことは一度もない」と言っている。

頭が痛くなる瞬間だ。

事実を知りたいけど、ご本人は他界パターン、、、Birthdayには似つかわしくない話題だね、、。

ただ、RSを知らない人のために事実かは不確定であるが、一般的に言われていることを今日は書くこともありますよ、ということです。

1969年 Brianは、体調不良とDrugs 絡みで逮捕と保釈を繰り返す法律問題のためにバンド貢献やツアー参加もできなくなり、バンドを辞めさせられ、3週間後にプールで溺死しているところを発見された。

いろんな噂があるし、数年おきに他殺説がイギリスでは話題にもなるけど、「Brian Jones ブライアン・ジョーンズ (Lewis Brian Hopkin Jones (1942年2月28日-1969年7月3日)は、スライドギターの名手であり、アップライトベースや、シタール、ダルシマー、キーボード類に、吹奏楽器などあらゆる楽器を弾いてしまう天才だった」と言いたいのです。

それを忘れないで欲しい。

ただの 27 clubと茶化さないで欲しいの。

今日Lyraが和訳する曲は、イングランドで1963年1月(USでは1964年3月)リリースされたシングル【I Wanna Be Your Man】。

詳しい解説はLyraのHipな和訳の後に又お話ししましょう!

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Lewis Brian Hopkin Jones (28 February 1942 – 3 July 1969) was an English musician, best known as the founder and the original leader of the Rolling Stones. Initially a slide guitarist, Brian would go on to play a wide variety of instruments on Rolling Stones recordings and in concerts, such as rhythm  and lead guitar, slide guitar, upright bass, sitar, dulcimer, various keyboard instruments such as piano and mellotron, marimba, harmonica, wind instruments such as recorder, saxophone, drums and numerous others.

I Wanna Be Your Man” is a Lennon–McCartney -penned song recorded and released as a single by the Rolling Stones, and then recorded by the Beatles. The song was primarily written by Paul McCartney, and finished by Lennon and McCartney in the corner of a room while Mick Jagger and Keith Richards were talking.

Recorded on October 7th, 1963 in London’s De Lane Lea Studios and released in the UK on November 1st of the same year, “I Wanna Be Your Man” represents The Stones’ second single as a follow-up to their first commercial hit, “Come On”.

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= I Wanna Be Your Man =

I wanna be your lover, baby
I wanna be your man
I wanna be your lover, baby
I wanna be your man

Tell me that you love me, baby
Tell me you understand
Tell me that you love me, baby
Tell me you understand

I wanna be your man
I wanna be your man
I wanna be your man
I wanna be your man

I wanna be your man
I wanna be your man
I wanna be your man
I wanna be your man

Tell me that you love me, baby
Tell me you understand
Tell me that you love me, baby
Tell me you understand

I wanna be your lover, baby
I wanna be your man
Yes, I wanna be your lover, baby
I wanna be your man

 

君の彼氏になりたいよ、ベイビー

君の男になりたいんだ

君の彼氏になりたいよ、ベイビー

君の男になりたいんだ

愛してるって言ってくれよ、愛しい奴

わかってるわ、って言ってくれよ

愛してるって言ってくれよ、愛しい奴

わかってるわ、って言ってくれよ

君の男になりたいんだ

君の男になりたいんだよ

君の男になりたいんだ

君の男になりたいんだよ

君の男になりたいんだ

君の男になりたいんだよ

君の男になりたいんだ

君の男になりたいんだよ

愛してるって言ってくれよ、愛しい奴

わかってるわ、って言ってくれよ

愛してるって言ってくれよ、愛しい奴

わかってるわ、って言ってくれよ

君の彼氏になりたいんだ、ベイビー

君の男になりたいんだよ

そうだよ、君の彼氏になりたいんだ、べイビー

君の男になりたいんだ

Songwriter: John Lennon, Paul McCartoney

Translator: Lyra Sky 和訳

 

 

 

画像がメッチャ悪い。

・°°・(>_<)・°°・

でも、Brianが唯一バッキングボーカルをしていると言われているし、彼のスライドギターも同時に見れるため、この【I Wanna Be Your Man】を選びました。

チラッと数回だけですが、Brianのコーラスがハッキリ聴こえてファンとしては嬉しいね。

Brian のことを「性格悪い」とか「作曲出来ない」や「ギター放ったらかして色んな楽器をいじり過ぎた」とかMickもKeithもCharlieも散々言っているけれど、「あいつのスライドギターは凄かった」と口を揃えて言う。

初期の曲を聴くとストレートなロックンロールばかりだから、気負わずに聴けて良いしBGMとして流しっぱなしが似合うイージーさがある。

でも、たまに「凄いな」という小技を効かせてくるの、、、あれ、Brianなんだよね。

何でもっと前にでないのかなあ!と勿体無く思う。

気弱だった、という関係者の言葉は本当なんだと思う。

でもリーダーでいることにこだわったり我も強い、、、やるせない性格だよね。

この性格と意外とAnitaの映画で作曲も少ししていたし、本当はThe Rolling Stonesの中にBrianの曲があるんじゃないか?と勘ぐってしまう。

気の弱さからと、周りの人間が悪人だらけで揉み消されたんじゃないか?と思える。

Joujouka ( Brianのソロプロジェクト)聞いてるとセンスあると思うの。

何でちゃんとしなかったの、Brian ?

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Brianの生い立ちを話そう。

Brian Jones は、ウェールズ人航空技師である父 Lewis Blount Jones ルイス・ブラウントと母Louisa Beatrice ルイザ・ベアトリスの長男として誕生。Mickと同じミドルクラスの家庭に生まれた。

幼少からピアノを習い、地元の教会の少年聖歌隊員や、学校のオーケストラに入ってクラリネットを習うなど、音楽的恵まれた環境で育つ。

Brianは、知能指数が135もある優等生であり、将来を有望視されていた。少年時代は歯科医になるつもりだった。

1958年、地元ジャズ・バンド66クラブに加入。ギター、サックスをマスター。

16歳のブライアンは14歳の少女を妊娠させたことで、チェルトナム・グラマースクールを放校される。その後バスの運転手、レコード店の店員、石炭商などの職を転々。

1960年 地元チェルトナムにて Alexis Korner アレクシス・コーナーと会う。この頃ヒッチハイクで旅をし行く先々で地元バンドに飛び入りし、ギターやハーモニカをプレイし日銭を稼ぐ生活を送っていた。

1961年チェルトナムに戻り、地元のローカルバンドでサックスプレイヤーとしてプレイする。同年10月、ガールフレンドのパトリシア・アンドリューズとの間に、彼にとって3番目の子供であるジュリアンが生まれる。

1962年 ロンドンに移ったブライアンは、デパート店員の職を得て妻子を養っていたが、音楽への情熱を捨てきれず、求人誌にバンドメンバー募集広告を載せた。 これを見て連絡してきたのが、後にバンドメイトとなる Ian Stewart イアン・スチュワートだった。

3月Alexis Kornerよるブルース・バンド、ブルース・インコーポレイテッドにギタリストとして参加。このバンドにはCharlie Watts チャーリー・ワッツがいた。

4月7日、イーリング・ジャズ・クラブでElmore James エルモア・ジェームスの「ダスト・マイ・ブルーム」をスライドギターで演奏する。この時.観客として来ていたMick & Keith は感銘を受け、ギグの後初めてBrian と言葉を交わした。3人は「世界中でこの手の音楽をやっている唯一の仲間」である事を確信しバンド結成する。

6月 Brianが、The Rolling Stones ローリング・ストーンズとBand 名を提案し決定。7月からマーキー・クラブで定期的ライブをするようになり、Brian, Mick, Keithの3人は、チェルシーのアパートで共同生活を始める。

12月Bill Wymanビル・ワイマンが就き、翌1963年 複数のバンドを掛け持ちしていたCharlie Watts チャーリー・ワッツの引き抜きに成功し、6月レコード・デビューを果たす。Brian 紛れもなくローリング・ストーンズの創設者であった。

イギリスの白人聴衆に「本物の」R&Bを聴かせることを目的として、Brian は紹介する際には必ず「R&Bバンド」と名乗った。

当時の様子をMick は「奴はバンドの運営と個性、バンドのあるべき姿に取り憑かれてた。俺には異常にすら見えたよ」と。

Brian はMick のボーカリストとしての力量に疑問を持っていたようで、デビュー直前にポール・ボンド(後にマンフレッド・マンに参加するポール・ジョーンズ)を加入させようと考えていた事もある。

だが、体調不良(喘息持ち)でライブに穴を開けたり、彼女とのデートを優先して仕事をすっぽかすなど、リーダーとしてふさわしくない行動が目立つようになり、バンドの主導権は Mick とマネージャーのAndrew Loog Oldham アンドリュー・ルーグ・オールダムに移ってしまう。

作曲能力の乏しいと言われているBrianは、この後、Mick & Keithの作詞作曲コンビにリーダーの座を取られ次第にバンド内の存在感を失う。

1964年アメリカツアーから麻薬がバンド内に横行し始めると彼は完全にのめり込んだ。バンドの成功と共にブライアンの焦燥感は募り、麻薬に溺れるようになる。

だが、Brianもこれではいけないと思ったのか、マルチプレイヤーだったこともあり、ギター以外の楽器で存在感を示そうと1960年代半ばから様々な楽器を導入するようになる。

ハーモニカ、サックスやピアノ、マリンバ、ダルシマー、シタール等の当時のロック音楽では珍しかった楽器を次々と取り入れ、『アフターマス』から『サタニック・マジェスティーズ』までのサイケデリック期のストーンズのサウンドに編曲面で大きな影響を与え、ブルース一辺倒だったバンドの音楽性の幅を広げることに貢献した。

又この時期には、The Beatles ビートルズや、Jimi Hendrix  ジミ・ヘンドリックスとのレコーディングにゲスト参加するなど、他のアーティストとコラボレーションも積極的に行った。

1967年5月大麻所持の容疑で逮捕、10月、9ヶ月の禁固刑が言い渡さ、12月の上告裁判で1000ポンドの罰金と3年間の保護観察処分に減刑され、収監は免れた。

同年にはMickとKeith も同じく麻薬所持の容疑で起訴されている。1960年代後半にバンドの運転手兼ボディーガードを務めていたトム・キーロックは、この頃のブライアンから自殺を考えていたことを告白されたと振り返っている。

ブライアンも自身の薬物依存を全く省みなかった訳ではなく、逮捕から判決までの間に一度麻薬更生施設に入っている。

だが翌1968年5月、大麻所持の現行犯で再び逮捕。

この頃、「Brianはギターを持つことすら出来なかった」とMickは言っており、すでにバンド内でBrianを排除しようとする動きが出始めていたと言う。

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脱退直前のBrian は、Jean-Luc Godard ジャン=リュック・ゴダール監督の『ワン・プラス・ワン』での「悪魔を憐れむ歌」のレコーディング風景の中で見られるが、様々な楽器を縦横無尽に生き生きと演奏する姿は見られず、まるで魂の抜け殻のようになっていた。

Mick 「マジで100%打ち込んでるBrian見たのは、「No Expectations」(1968年アルバム『Beggers Banquet 』収録)が最後だった」と語る。

11月 Brian はサセックス州ハートフィールド近くコッチフォード・ファームを購入。「くまのプーさん」の作者A・A・ミルンがかつて住んでいた家である。同年12月の「Rock’n’Roll Circus ロックンロール・サーカス」が、最後のステージとなった。

1969年6月中旬 Brian は自宅のコッチフォード・ファームで、自らが声をかけたメンバーと共に新しいバンドのリハーサルを行う。招かれたのはAlexis Korner, John Mayall, Mitch Mitchell など。

6月8日Mick は、Kieth、Charlie とBrian宅に訪れ脱退してもらうよう頼んだ。Brianは、10万ポンドの一時金とRolling Stones が存続する限り年2万ポンドを受け取ることで脱退に同意。

記者会見でBrianは「Rolling Stones の音楽は俺の好みではなくなってしまった。俺は 自分に合った音楽をやっていきたい」と語った。

7月3日午前0時頃、Brianが自宅プールの底に沈んでいるのが発見された。スウェーデン人のガールフレンド、アンナ・ウォーリンが人工呼吸を試み、看護師のジャネット・ローソン、改装工事中の建築業者フランク・サラグッドが救急車を呼んだが、医師が到着した時ブライアンは既に死亡していた。9日に行われた検死では、「アルコールとドラッグの影響による不運な出来事」。

新メンバーMick Taylor ミック・テイラーのお披露目コンサート7月5日の ハイドパーク・フリーコンサートは、急遽ブライアンの追悼コンサートになってしまったのは皆さんもご存知のことだろう。

葬儀は7月10日、故郷のチェルトナムに埋葬された。ストーンズのメンバーで葬儀に参列したのはBill とCharlie のみだった。

彼の墓石には “Please don’t judge me too harshly”「僕をひどく裁かないでください」と刻まれているという噂があるが、実際は名前と生年月日が刻まれているだけ。

この言葉は彼が父親に宛てて書いた手紙に書かれた言葉である

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気の弱い男。

性格悪い奴。

Brianのことを同じバンドメンバーだったのに言うのは聞いていてあまり良い気持ちはしない。

それだけ、嫌な奴だった、、、と言って仕舞えばそうなのかもしれないが、そこまで言うのには何か隠している?それとも、計り知れない恨みがあるのか?だ。

隠し事と言えば、あれだけ様々な楽器を弾きまくれる才能があって、本当にBrian Jonesは、作曲の才能がなかったのかも妖しい。

昔は著作権がいい加減だったと言うから(あのJimi Hendrix も作品の売り上げなどマネージメントに蔑ろにされた被害者だったと言う)、実際は Brian が書いた曲であっても、クレジットされなかった可能性ありあり、、、

事実、あまりにもマイナーな1967年ドイツの映画『Mord und Totschlag(英題:A Degree Of Murder)』(フォルカー・シュレンドルフ監督、アニタ・パレンバーグ主演)では、Brianが音楽を担当しているのだ。

不思議な事に、この映画、、、ソフト化されておらず、サウンドトラック盤も発売されていない。なぜ?

Brianの周りには何もないようにされている気がしてならはない。

何もない、とは痕跡を無くされていると言うこと。

まるでBrian Jones なんていませんでしたよ、と言う存在に持っていかれている感じがする。

どこか見えない巨大な何物かに押さえつけられている感じ。

情報操作、、、なんて言葉が頭にチラつくわ。

でも。

Brian Jonesはいた。

確かに Brianは、Rolling Stones と言う巨大なマーケットに君臨するどデカイ存在のバンドにいた。

いやバンドというより、ヨーロッパにある老舗ブランドくらい揺るがない存在と言える集団 のリーダーをやっていた。

その中で、イギリスでは誰もまだ弾いていなかったスライドギターを本家本元が弾くようなプレイをしていたのだ。

消そうとしても消せない史実のよう。

いや、彼は音楽史の中に刻まれているのだから史実と言って良いのだ。

だから、揉み消そうとしても消せないのよ。

本格的な操作に入ると2000年に入って何回も言われているけど、、、いつか真実が公になる日が来るかもね。

きっと全員関係者がいなくなってだろう。

 

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【I Wanna Be Your Man】で張り切ってスライドギターを弾いているBrianが本当の彼だったのではないか?と思える。

クリーンな状態の時の彼は、素晴らしいギターをかき鳴らし、楽器の前に座れば瞬時に弾けたと言う。

喘息持ちで体調が悪いのにドラッグなどやらなければ、おかしな言動や暴力性はなかったのではないか?と思ってしまう。

Jimi Hendrixとも仲良しだったし、The Beatlesのメンバーは全員Brianを悪くいう人はいなかった。

心配そうにしてるアーティストには、「なんかあったら僕に聞いて」と言っていたと言う。

優しい面もあったのだ。

女にだらしないのだけは嫌だな、、、

LyraったらC.W.ニコルさんと同じこと言ってるね。

 

この【I Wanna Be Your Man】はカバーで、元ネタはThe Beatlesの曲だ。

Paulが作ったと言われている曲で(クレジットはいつもの Lennon & McCartoney)。

当時のストーンズのマネージャー Andrew Loog Oldnam が良い曲だからとJohn とPaulに曲をカバーして良いか道端で頼んだという。

2人を練習スタジオに連れて行ってRolling Stonesのリハーサルを見せて、2人とも良い感じだからとOKした。

太っ腹John & Paul。

Paulは、Bo Diddoly ボ・ディドリーみたいなサウンドをするRolling Stonesだから、この曲が彼らに合うと思ったらしいし、

Johnは、Brianのスライドギターが入った途端に曲が一気に変わって最高になったと言っている。

「Brianのギターが、ダダーダダーと入ると良いからつい「さっきより良くなったよ!ヤバイ感じが出て最高じゃん!パッと弾いたら?」なんて言ったよ。エルモアがストーンズに出会ったみたいだったな」とも語っているのだから、この曲の良さはBrian のギターがあってこそだと言っても良いだろう。

それに、Brianがマイクに向かってちゃんとコーラスしているしね。

前は、、、ていうか今も27clubは嫌。

The DoorsのJim Morrisoジム・モリソンも、

【Janis Joplin  ジャニス・ジョップリン も、

Nirvana ニルヴァーナのKurt Cobain カート・コバーンも、

たまたま27歳で亡くなっただけなのに同じグループにまとめるのは嫌だ。

簡単に扱わないで欲しい。

彼らの死を。

それぞれの人生があり苦悩があり、夢や希望や愛もあったはず。

それを簡単にひと塊りにしてパッケージ化してるみたいで悲しいのだよ。

彼らを簡単に扱わないでほしいし、死を簡単に商標登録するみたいに軽々しく言わないでほしい。

何も知らない子供たちに悪影響だとも感じるよ。

BrianはBrian。 Lewis Brian Hopkin Jonesなのだから。

リスペクトしたいの、途中で終わったにしても、辛い中を生き抜いたのだから。

 

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今夜は、初期のThe Rolling StonesのCDを引っ張り出して聴こう。

寒い夜になる。

でも、Brian のギターは陽気だ。

スライドギターは緩やかに笑い、サイドギターは、リズムを鼓動のように弾くだろう。

ハーモニカを踊るように吹くBrian。

たまに狂ったように吹くBrianも眼に浮かぶ。

笑ってこちらを見てる。

それは楽しくて笑っているの?

それとも悲しさを隠すため?

ブルーズは終わらないよ。

R&Bに魅せられているのだから。

陽気と狂気が混ざった世界にようこそ!

今夜は寝かさないよ。

 

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Released as their second single on 1 November 1963, the Stones’ version was an early hit, peaking at number 12 on the British chart. Their rendition features Brian Jones’ distinctive slide guitar and Bill Wyman’s driving bass playing. It is one of the few Rolling Stones songs to feature only Brian Jones on backing vocals. In the US, the song was initially released as London 45-LON 9641 (with “Stoned” on the B side) without any success and was soon after re-released on 6 March 1964 as the B-side to “Not Fade Away”.

According to various accounts, either the Rolling Stones’ manager/producer Andrew Loog Oldham or the Rolling Stones themselves ran into Lennon and McCartney on the street as the two were returning from an awards luncheon. Hearing that the band were in need of material for a single, Lennon and McCartney went to their session at De Lane Lea Studio and finished off the song – whose verse they had already been working on – in the corner of the room while the impressed Rolling Stones watched.

Mick Jagger recalled the song in 1968:

We knew [the Beatles] by then and we were rehearsing and Andrew brought Paul and John down to the rehearsal. They said they had this tune, they were really hustlers then. I mean the way they used to hustle tunes was great: ‘Hey Mick, we’ve got this great song.’ So they played it and we thought it sounded pretty commercial, which is what we were looking for, so we did it like Elmore James or something. I haven’t heard it for ages but it must be pretty freaky ‘cause nobody really produced it. It was completely crackers, but it was a hit and sounded great onstage.

McCartney stated in 2016:

We were friends with them, and I just thought “I Wanna Be Your Man” would be good for them. I knew they did Bo Diddley stuff. And they made a good job of it.

John Lennon refuted Mick Jagger’s version in “The Beatles Anthology” but just a check of the recording dates shows that The Beatles had already recorded their version and simply suggested to The Rolling Stones that they record the song as there was no chance they (The Beatles) would release the song as a single. Bill Wyman noted how the Rolling Stones adapted the song to their style:

We kind of learned it pretty quickly ‘cause there wasn’t that much to learn. Then Brian got his slide out, his steel (guitar) out and dadaw … dadaw … and we said, ‘Yeah, that’s better, dirty it up a bit and bash it out’, and we kind of completely turned the song around and made it much more tough, Stones- and Elmore James-like.

Personnel

  • Mick Jagger – lead vocals
  • Brian Jones – lead guitar, backing vocals
  • Keith Richards – rhythm guitar
  • Bill Wyman – bass
  • Charlie Watts – drums

Brian Jones

Lewis Brian Hopkin Jones was born in the Park Nursing Home in Cheltenham, Gloucestershire, on 28 February 1942. An attack of croup at the age of four left him with asthma that lasted for the rest of his life. His middle-class parents, Lewis Blount Jones and Louisa Beatrice Jones (née Simmonds) were of Welsh descent. Brian had two sisters: Pamela, who was born on 3 October 1943 and died on 14 October 1945 of leukemia; and Barbara, born on 22 August 1946.

Discography

With the Rolling Stones

  • The Rolling Stones (1964)
  • The Rolling Stones (1964)
  • England’s Newest Hit Makers (1964)
  • Five by Five (1964)
  • 12 X 5 (1964)
  • The Rolling Stones No. 2 (1965)
  • The Rolling Stones, Now! (1965)
  • Got Live If You Want It! (Live EP) (1965)
  • Out of Our Heads (1965)
  • December’s Children (1965)
  • Aftermath (1966)
  • Big Hits (1966) (compilation)
  • Got Live If You Want It! (1966)
  • Between the Buttons (1967)
  • Flowers (1967) (compilation)
  • Their Satanic Majesties Request (1967)
  • Beggars Banquet (1968)
  • Through the Past, Darkly (1969) (compilation)
  • Let It Bleed (1969)
  • Hot Rocks 1964–1971 (1971) (compilation)
  • More Hot Rocks (1972) (compilation)
  • Singles Collection: The London Years. (1989) (compilation of singles 1963–1971)
  • The Rolling Stones Rock and Roll Circus (1996) (live performance from 1968)
  • Forty Licks (2002) (compilation 1964–2002)
  • GRRR! (2012) (compilation 1963–2012)

With the Beatles

  • “Yellow Submarine” (1966) backing vocals, sound effects
  • “You Know My Name (Look Up the Number)” (1970, recorded 1967) saxophone

With Jimi Hendrix

  • “All Along the Watchtower” (1968) percussion
  • “My Little One” (2011, recorded in 1967) sitar, percussion
  • “Ain’t Nothin’ Wrong With That” (2011, recorded in 1967) sitar, percussion

With Peter and Gordon

  • “You’ve Had Better Times” (1968) drums
  • “Mess of the Blues” (1964) harmonica

With McGough and McGear

  • “Basement Flat” (1968) saxophone
  • “Summer with Monica” (1968) saxophone

With Marianne Faithfull

  • “Is This What I Get For Loving You?” (1966) euphonium

With The Andrew Oldham Orchestra

  • “365 Rolling Stones” (1964) lead vocals, handclaps

With Hapshash and the Coloured Coat

  • “Western Flier” (1969) piano, guitar, harmonica

Solo discography

  • A Degree of Murder (1967) (soundtrack)
  • Brian Jones Presents the Pipes of Pan at Joujouka(1971) (recorded 1968)

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