The Cranberries 【Dreams】 Dolores O’Riordan R.I.P. 和訳 Lyrics

Dolores Mary Eileen O’Riordan ドロレス・オリオーダンが15日(mon)長い闘病生活の末、亡くなった。

Lyraは、彼女のケルト民謡マンマの歌い方をロックに無理矢理のっけてくる強引な歌い方が好きだった。

個性溢れるVocalistがまたこの世から去ってしまうなんて、なんて寂しいんだろ。

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クランベリーズ (The Cranberries)は、1989年アイルランドのリムリックで結成された。

オルタナティヴ・ロック、
ポップ・ロック、フォークロックと言われる彼らだが、それはドロレスの歌い方によってだ。

Lyraはクランベリーズは基本、メロディはヒットチャートに上がる普通のポップなロックだと思っている。

Lyraが1番すきな「Linger」はロックと言うよりヌーブェルバーグを装ったアコースティックなポップスだ。

だが、普通の心地良いメロディや聴きやすいポップロックに、ドロレスの変化球しか投げられないようなVocal Styleの歌が乗っかると、たちまち普通のメロディがヘビーで陰鬱なロックになったり、美しいアンビエントなフォークロックになったりするんだよ。

彼女の歌声は好き嫌いが分かれるだろう。でも、ロックが好きな人間ならば惹きつけられる声だ。

アルバムセールスは3,800万枚を超えているThe CranberriesはMTVにしょっ中ヘビロテされていたから日本でも人気があったの。

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今現在の日本ではクランベリーズを知ってる人は少ないだろうけど、彼らの代表曲「Dreamsドリームス」はキリンの生茶に使われたりCMやTVで流れてるから耳にしたことが必ずあるだろうね。

そう言えば1990年代に流行ってたウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』で、この曲が主人公の気持ちを表しているみたいで良い使われ方をしていたのを覚えてる。

トニーレオン好きだったな、、、と関係ない話になっちゃった。

そのトニーに恋する役をしたフェイ・ウォンがこの”Dreams”をカバーしたのよねーっ、『夢中人』こちらの方が日本人で知ってる人が多かったりして、、、良くTVに出てたから。

“Dreams”は、映画『ユー・ガット・メール』にも使われていたし使いやすい明るい曲なんだろう。

だから、”Linger”より”Dreams”の方がこの日本では耳にするチャンスが多いだろうからドロレスを思い出して欲しいし、こちらを和訳しますね。

天国のドロレスにRespectの気持ちが伝わるかな?

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= Dreams =

[Verse 1 ]
Oh my life, is changing everyday
In every possible way
And oh my dreams, it’s never quite as it seems
Never quite as it seems
I know I’ve felt like this before, but now I’m feeling it even more
Because it came from you
And then I open up and see, the person falling here is me
A different way to be

ああ、私の人生は毎日変化してるの

だってたくさんの可能な道が開けてるから

まあね、スッゴク素敵な私の夢は、なかなかお目にはかかれないけれど

なかなかお目にはかかれないの

前にもこんな気持ちになったわ

でも今私が感じてる気持ちは、今まで以上のものなの

だってこの気持ちは貴方のせいなんだもん

だから、私は始めるわ、わかるから

この地上に舞い降りた天使は私

今までの私とは違う私なの

[Bridge]
Ah, la da ah
La da ah
La, la

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[Verse 2]
I want more, impossible to ignore
Impossible to ignore
And they’ll come true, impossible not to do
Impossible not to do
And now I tell you openly, you have my heart so don’t hurt me
You’re what I couldn’t find
A totally amazing mind, so understanding and so kind
You’re everything to me

もっと貴方が欲しいの、この気持ちを無視することなんて出来ないわ

見て見ないふりなんて出来ないの

私の夢みていたことが実現するわ

何もしないなんて出来ないわ

何もしないなんて出来ないの

今、世界中の人の前で貴方に言うわ

私の心は貴方のものよ

だから私を傷つけないで

貴方は私が頑張っても見つけ出せなかった人

びっくりするくらい素敵な心の持ち主

だから私をわかってすごく優しくして

貴方は私の全てなんだから

[Outro ]
Oh my life, is changing everyday
In every possible way
And oh my dreams, it’s never quite as it seems
Cause you’re a dream to me
Dream to me

ああ、私の人生は毎日変化してるの

だってたくさんの可能な道が開けてるから

まあね、スッゴク素敵な私の夢は、なかなかお目にはかかれないけれど

だって貴方は私にとっては一つの夢なんだもん

貴方が私の夢なの

Translator: Lyra Sky 和訳

「と〜っても可愛いらしい愛の告白だなぁ」と聴いていて歌詞がキュンキュン胸に突き刺さって来るよ。

恋をしたことがある人ならば、この歌詞を聴いたら胸が締め付けられるだろう。

ただ、歌ってるのが激しいドロレスだから普通には終わらない。

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このキラキラしたメロディを下のパートで歌ってる声がLyraは好き。

ドロレスは高い声は意外と普通だ。中には、ドロレスは歌下手くそって言う人もいたよ。

それちゃんと聴いてないからよ。高い声しか耳入ってないんじゃないかな?

良く聴いてみて。

ドロレスは低いパートや中間の音が跳ねるんだよね。声が。

コロコロ転がるケルトの歌い方もノリノリになるのもそこら辺の音域だ。

だから低いパートの声にはドロレスの情念が入るの。

“Dreams”の高い裏声より、低音パート聴いてると、ただの淡い恋心の歌詞がいきなり運命の相手に対する歌に変わるよ。

片思いの歌詞みたいだったのが、恋愛中の相手に対する「こうして欲しいの」「大好きだから、もっと優しくして」と言う欲求の歌に変わるから不思議なのよねーって、又Lyraの深読み始まったね。

だって頭に恋人同士の会話の映像が出てきちゃて止まんないんだもん。

わかって(笑)。

それに、これくらい熱く説明した方が DoloresへのRespectに相応しい気がしない?

喜んでくれるかな、 Dolores。

You’re Good Story Teller ‼️

メンバー は、ずっと4人で

ノエル・ホーガン
マイク・ホーガン
ファーガル・ロウラー
メンバー ドロレス・オリオーダン(1971-2018)

ポップなアコースティックな「リンガー」や政治色の濃いヘヴィな「ゾンビ」など多数のヒット曲を出し、アルバムセールスは3,800万枚を超えている。一度活動休止していたが2009年から活動再開していたんだけど、ドロレスの体調不良など活動があまり出来なかったらしい。

ロンドンで闘病生活していたからそれでロンドンで亡くなったと報じられているのだろう。

アイルランドでU2と同じくらい人気や知名度があったクランベリーズ 。

そのバンドの華であり、稀な声の持ち主ドロレス・オリオーダンを忘れずに生きていこう。

この彼女の”Dreams”の歌詞のように、生きている内に自分の想いを伝えよう。

日々、変化していく毎日の感情を表し、伝えなきゃ。

もう会えなくなってしまってからは遅すぎる。

生きている内に伝えてね。

Dolores ,

Thank you for giving us your powerful amazing voices !

Your celtic vocal style was real angel .

R.I.P.

Lyra Sky …love

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= クランベリーズ The Cranberries =

出身地  アイルランド リムリック
ジャンル オルタナティヴ・ロック
ポップ・ロック
フォークロック
活動期間 1989年 – 2003年
2009年 –
レーベル インタースコープ・レコード
ユニバーサルミュージック
メンバー ノエル・ホーガン
マイク・ホーガン
ファーガル・ロウラー
旧メンバー ドロレス・オリオーダン(1971-2018)

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ノエルとマイクのホーガン兄弟とファーガル・ロウラーの3人を中心として1989年に結成。当時は cranberry sauce(クランベリーソース)をもじって The Cranberry Saw Us(クランベリー・ソー・アス)というバンド名だった。初めボーカリストは友人の Niall Quinn だったが脱退し、彼のガールフレンドのさらに友人のドロレス・オリオーダンがオーディションの末に加入。

彼女はメロディを渡されるとすぐに作詞の能力を発揮し、翌日に完成させて披露した。これが後に大ヒットとなる「リンガー」である。

デモ音源300本を制作して国内のレコード店で完売させるとすぐに「リンガー」「ドリームス」を含む新たなデモを制作開始し、バンド名をザ・クランベリーズと改名。この時に使用したゼリック・スタジオの経営者ピアース・ギルモアは後にクランベリーズのマネージャー/プロデューサーになる。デモはイギリスの各レコード会社に送られ争奪戦の末アイランド・レコードと契約。

クランベリーズはプロデューサーのピアース・ギルモアと共にスタジオに入りシングル「Uncertain」を録音してゼリック・レコードから発売。しかしこの作品は失敗に終わり、バンドとギルモアの緊張は高まってしまう。さらにメジャーデビューを目前に控えてギルモアが自己所有のスタジオに関する密約をアイランド・レコードと交わしていたことが判明し、解雇。

バンドは新たにマネージャーとしてラフ・トレード・レコードのジェフ・トラヴィスを雇用、トラヴィスの紹介によりプロデューサーとしてステファン・ストリートを雇用することにした。

シングル「ドリームス」(1992年)、デビュー・アルバム『ドリームス – Everybody Else Is Doing It, So Why Can’t We?』(1993年)、シングル「リンガー」(1993年)と作品をリリースし、英国を中心に話題となるが後の世界的成功にはまだ。

しかし、バンドは挫けずにアメリカへ渡って9か月に渡るツアーをザ・ザやスウェードのサポートとして敢行。ツアーで徐々に評判を高めていくと、「リンガー」がMTVでヘヴィ・ローテーションされるようになってくる。これに後押しされるように「リンガー」はチャート8位、アルバム『ドリームス』はダブル・プラチナムに達する。ツアーを終えて地元リムリックに帰郷、イギリスでは年明けにチャートを昇りだし、夏に1位となった。

1994年元日にアルバム『ノー・ニード・トゥ・アーギュ』を発表。アメリカで初登場6位、年内にトリプル・プラチナムとなり、北アイルランド問題を取り上げた反戦歌『ゾンビ』は1990年代的な暗いヘヴィさが大きな話題になった。長期ツアーは翌年まで続き、世界各国でチャート1位、ゴールド~プラチナム・ディスクになり、売り上げは1,200万枚を超えた。1994年にはカーペンターズのトリビュート・アルバム『イフ・アイ・ワー・ア・カーペンター〜カーペンターズに捧ぐ』に「遙かなる影」のカヴァーを提供。1995年初頭にはMTVアンプラグドにも出演した。

オリオーダンの脱退が噂される中、ブルース・フェアバーンをプロデューサーとしてアルバム『トゥ・ザ・フェイスフル・ディパーテッド~追憶と旅立ち』(1996年)を発表。イギリスで2位、アメリカで4位になるものの前作ほどのヒットにはならず、チャートでは急降下した。しかし2枚目のシングル「フリー・トゥ・ディサイド」はビルボードでトップ10に入るなど「リンガー」以来のヒットになった。しかしオリオーダンがハード・スケジュールにより過労のためドクター・ストップとなってツアーは中断、バンドは2年の休暇を取る。

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次作『ベリー・ザ・ハチェット』(1999年)も前作同様ロック色の強いアルバムとなり、13か国で1位となるもののイギリスで7位、アメリカで13位となる。しかしこれに伴うツアーはバンド史上最大規模で最も成功したものとなり、パリ公演の模様は『ミレニアム・ライヴ・イン・パリ – Beneath The Skin – Live In Paris』としてビデオになった。

アルバム『ウェイク・アップ・アンド・スメル・ザ・コーヒー』(2001年)には初期のファンが待ち望んでいたステファン・ストリートがプロデューサーとして戻ってきた。しかしチャート成績は芳しくなく、2~3枚目のシングルはイギリスでチャート入りできずに終わるが、アルバムの売上枚数は現在までに1,500,000枚を超えている。

翌2002年、クランベリーズは初のコンピレーション盤『スターズ:ザ・ベスト・オブ・クランベリーズ 1992-2002』を発表してツアーを行う。

2004年、クランベリーズは各メンバー個別のキャリアのためバンド活動を休止することを発表する。

2009年8月25日、オリオーダンが活動再開を発表。11月中旬より北アメリカツアーを行い、2010年明けからは南アメリカ、続けてヨーロッパを回るツアーを予定している。

2012年2月に、11年ぶり6枚目のアルバムとなる”Roses”をリリース。

2018年1月15日、オリオーダンがロンドンで死去したことが翌16日に報じられた。

=メンバー =

メンバーはいずれもアイルランド共和国・リムリック出身

ドロレス・オリオーダン(Dolores Mary Eileen O’Riordan Burton、1971年9月6日 – 2018年1月15日)
ボーカル、ギター、キーボード
ノエル・ホーガン(Noel Anthony Hogan、1971年12月25日 – )
ギター
マイク・ホーガン(Michael Gerard Hogan、1973年4月29日 – )
ベース
ファーガル・ロウラー(Michael Gerard Hogan、1973年4月29日 – )
ドラム
= ディスコグラフィ =

オリジナル・アルバム

『ドリームス』 Everybody Else Is Doing It, So Why Can’t We? (1993年)
『ノー・ニード・トゥ・アーギュ』 No Need to Argue (1994年)
『トゥ・ザ・フェイスフル・ディパーテッド』 To the Faithful Departed (1996年)
『ベリー・ザ・ハチェット』 Bury the Hatchet (1999年)
『ウェイク・アップ・アンド・スメル・ザ・コーヒー』 Wake Up and Smell the Coffee (2001年)
『ローゼズ』 Roses (2012年)

コンピレーション
『スターズ:ザ・ベスト・オブ・クランベリーズ 1992-2002』 Stars – The Best of 1992 – 2002 (2002年)
Treasure Box – The Complete Sessions 1992-1999

ライブ・ビデオ
ライヴ・イン・ロンドン – Live (1994年)
Doors and Windows (1995年)
ミレニアム・ライヴ・イン・パリ – Beneath The Skin – Live In Paris (2000年)

ミュージック・ビデオ
Everyone Else Is Watching This… So Why Can’t We?
『スターズ:ザ・ベスト・オブ・クランベリーズ 1992-2002』 Stars – The Best of 1992 – 2002 (2002年)

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