Janis Joplin【Me And Bobby McGee】和訳 解説 Beautiful World?

Janis, Happy Birthday!

1月19日は、Janis Joplinのお誕生日🎂

ならば、Janisのお祝いをしてあげましょう。

優しく歌う愛の歌。

Janisの数ある名曲の中でも、人気があって色んなミュージシャンにもカバーされている曲を今日は、和訳&解説しちゃう!

今日、Lyraが紹介するのはアメリカ合衆国、テキサス州ポートアーサー出身の女性ロックシンガー Janis Lyn Joplin ジャニス・リン・ジョプリン(1943年1月19日 – 1970年10月4日)。

優れた歌唱力と個性的な歌声を持ち、1960年代後半の著名な女性ロック・シンガーであり、今も影響を与え続けているアーティストなの。

スポンサーリンク

このLyraのブログでは、何回もJanisの生い立ちや和訳をして来ました。

今日Lyraが和訳する曲は、今までのブルージーな魂の泣きを表した曲や激しい叫びのある曲調ではなく、彼女のテキサス魂が生かされているカントリーテイストの曲【Me and Bobby McGee】。

 

(click to amazon↓ ↓ ) Studio Album “Pearl” [CD, Streaming, MP3, Analog LP] クリックしてアマゾンへ ↓ ↓

 

アコースティックだから、よりJanisの素の部分に触れたような気がして、そばに感じられてLyraは聴いていると暖かい気持ちになります。

詳しい解説はLyraの和訳の後に又お話ししましょう!

* Janis Joplin History やJanisについてはこちら!

 

Janis Lyn Joplin (January 19, 1943 – October 4, 1970), nicknamed ‘Pearl,’ was an American rock, soul, and blues singer and songwriter, and one of the most successful and widely known female rock stars of her era.

After releasing three albums, she died of a heroin overdose at the age of 27. A fourth album, Pearl, was released in January 1971, just over three months after her death. It reached number one on the Billboard charts.

“Me and Bobby McGee” is a song written by American singer-songwriter Kris Kristofferson and songwriter Fred Foster, originally performed by Roger Miller. A posthumously-released version by Janis Joplin topped the U.S. singles chart in 1971, making the song the second posthumously released No. 1 single in U.S. chart history after “(Sittin’ On) The Dock of the Bay” by Otis Redding. Billboardranked Joplin’s version as the No. 11 song for 1971.

= Me And Bobby McGee =

[Verse 1]
Busted flat in Baton Rouge, waiting for a train
When I was feeling nearly faded as my jeans
Bobby thumbed a diesel down, just before it rained
And rode us all the way to New Orleans
I pulled my harpoon out of my dirty red bandana
I was playing soft while Bobby sung the blues, yeah
Windshield wipers slapping time I was holding Bobby’s hand in mine
We sang every song that driver knew

[Chorus]
Freedom’s just another word for nothing left to lose
Nothing, I mean nothing, honey if it isn’t free, no no
Yeah feeling good was easy, Lord, when he sang the blues
You know feeling good was good enough for me
Good enough for me and my Bobby McGee

[Verse 2]
From the Kentucky coal mines to the California sun
Yeah, Bobby shared the secrets of my soul
Through all kinds of weather, through everything we done
Yeah, Bobby baby kept me from the cold
One day up near Salinas, Lord, I let him slip away
He’s lookin’ for that home, and I hope he finds it
But I’d trade all of my tomorrows for one single yesterday
To be holdin’ Bobby’s body next to mine

[Chorus]
Freedom’s just another word for nothing left to lose
Nothing, and that’s all that Bobby left me
Feeling good was easy Lord, when he sang the blues
You know feeling good was good enough for me
Good enough for me and my Bobby McGee

[Bridge]
La da la la la, la da la la la da la
La da da la la la Bobby McGee yeah

La da la la la, la da la la la da la
La da da la la la Bobby McGee yeah

La da la la la, la da la la la da la
La da da la la la Bobby McGee yeah

La da la la la, la da la la la da la
La da da la la la Bobby McGee yeah

[Outro]
Lord, I called him my lover, I called him my man
I said called him my lover just the best I can and come on
And and a Bobby oh, and a Bobby McGee yeah
Lo lo lo lo lo lo lo lo lo lo lo lo
Hey hey hey Bobby McGee, lord
La da la la la, la da la la la la la
Hey hey hey, Bobby McGee yeah

ペイトン・ルージュの潰れたアパートで、汽車が来るのを待っている

私のジーンズみたいに色あせた気分の時に

ボビーは雨が降る前にディーゼルエンジンを減速させて乗り込んだ

はるばるニューオリンズ行きの電車にね

私は汚れた赤いバンダナから自分のハーモニカを取り出したわ

ボビーがブルーズを歌う間、私は優しくハーモニカを吹いていたの

フロントウインドーのワイパーが、ぴしゃりと時を刻んでいた

私の手の中にボビーの手が握られていた

運転手が知っていた歌を全部、私たちは歌ったわ

 

スポンサーリンク

自由とは、言い換えれば失う物などないと言うことよ

何でもないのよ、もし、自由でなくても大した意味なんかないわ

そうね、幸せな気分ってことは、気楽だってことよ

彼がブルーズを歌う時ね

幸せな気分ってことは、私は満ち足りているってことがわかる?

私と私の彼氏ボビーマクギーがいれば、それだけで十分なのよ

 

ケンタッキー州の炭鉱から、カリフォルニア州の太陽の下へと

そう、道中どんな天気であろうと、私たちがした色んなことも、どんな時でもボビーとは、私の魂の秘密まで分かち合ったのよ

それにね、ボビーは、私の愛しの彼は、寒さから私を守ってくれたわ

サリナスに着いたある日、なんてことかしら、私は彼をこっそりと立ち去るままにさせてしまった

彼は、帰る家を探しているのよ、私は彼が見つけられたらな、と信じてるの

たった昨日一日の為に、私の将来の全部を引き変えにしたのよ

私の隣に居るボビーの体を抱きしめる為にね

 

自由とは、言い換えれば失う物などないと言うことよ

何でもないのよ、ボビーが私を置いていったっただけの話よ

そうね、幸せな気分ってことは、気楽だってことよ、あーあ、

彼がブルーズを歌った時はね

幸せな気分ってことは、私は満ち足りているってことがわかる?

私と私の彼氏ボビーマクギーがいれば、それだけで十分なのよ

 

ラ、ダラララ、ラ、ダラララ、ダラ、

ラ、ダダラララ、ボビーマクギー、イェア

ラ、ダラララ、ラ、ダラララ、ダラ、

ラ、ダダラララ、ボビーマクギー、イェア

ラ、ダラララ、ラ、ダラララ、ダラ、

ラ、ダダラララ、ボビーマクギー、イェア

ラ、ダラララ、ラ、ダラララ、ダラ、

ラ、ダダラララ、ボビーマクギー、イェア

 

おお、私は彼のことを私の恋人よ、って呼んでいたのに

私は彼のことを私の男だって呼んでいたのに

私は彼を私が付き合う最高の恋人だって言っていたのよ、

ああ、もうやめてよ

それに、ああ、唯一のボビーよ

ああ、それに、私のたった1人のボビー・マクギーなのよ、そうよ!

ロ、ロ、ロ、ロ、ロ、ロ、ロ、ロ、ロ、ロ、ロ、ロ

ねぇ、ねぇ、ねぇったら、ボビー・マクギー、ああ、助けてよ

ラ、ダラララ、ラ、ダラララララ、

ねぇ、ねぇ、ねぇったら、ボビー・マクギー、あなたよ

 

Translator: Lyra Sky 和訳

 

 

 

Janisの声が優しく語りかけて来る。

楽しげにアメリカ横断してる気分になる。

でも、悲しい歌。

【Me and Bobby McGee】は、Kris Kristofferson クリス・クリストファーソンとFred Foster フレッド・フォスターによる曲だ。

沢山のアーティスト達がこの曲をカバーしているが、最も知られているのはJanisが歌うバージョンだと思う。

Janisは、何故この歌を選んだのだろう?

他にも沢山明るいうたや幸せな曲があふれているのに。

Janisは何故、悲しみにくれる歌ばかり歌うのだろう?

スポンサーリンク

Kris Kristoffersonは、モーメント・レコードの設立者、Fred Foster フレッド・フォスターから電話を受ける。「君の曲にいいタイトルがあるよ。”Me and Bobby McKee” というんだ」。

ボビー・マッキー(Bobby McKee)はブーデロウ・ブライアント(ソングライター・チームのブライアント夫妻の夫)の秘書の名前であったが、KrisはMcKee をMcGee と聞き間違える。

彼は当時好きだったミッキー・ニューベリーの「Why You Been Gone So Long?」のリズムをとりながら曲作りを始めた。

「どうしたわけかその時フェリーニの『道』をふと思った。映画の終盤でアンソニー・クインは見知らぬ女が洗濯物を干しながら歌を口ずさんでいるのに出くわすだろ。ジュリエッタ・マシーナがいつもトロンボーンで吹いていたメロディなんだが、その夜クインはバーに行って喧嘩をして酔っ払った挙げ句、浜辺で夜空に向かっておいおいと泣く。僕にとってあれは『ボビー・マギー』の最後の気持ちそのものだ」

【Bobby McGee】を最初にレコーディングしたのはロジャー・ミラーで、1969年7月にシングルとして発表。ビルボードのカントリー・チャートで12位を記録している。

因みにKris Kristfeerson 自身のバージョンは1970年の1st アルバム『Kristofferson』に収録されている。

 

Janis Joplinは、1970年10月4日に滞在していたホテルで亡くなる。

その直前の9月5日から10月3日まで、この【Me and Bobby McGee】が収録されているアルバム『Pearl』をレコーディングしていた。

まさか遺作になるとは、、、。

アルバム『Pearl』は、Janisが亡くなった後、翌年1971年1月11日にリリースされ、【Me and Bobby McGee】は、1月12日にシングルとしてリリースされた。

 

(click to amazon ↓ ↓ ) Studio Album “Pearl” [Streaming, MP3,CD, Analog LP] クリックしてアマゾンへ ↓ ↓

 

3月20日から3月27日にかけてBillboard Hot 100の1位を2週連続で記録。1971年の年間チャートで11位を記録した。

Janisがこの曲ではアコースティックギターを披露しているのも楽しめるポイントだと思う。

そして、何より素晴らしいのは気負っていない素直なJanisの性格が現れたような歌い方だ。

まるで、目の前で歌っているかのよう。

その為、Janis Joplinが大好きなファンの間では、この曲をNo.1にあげる人も少なくないの。

余りの人気のため、この【Me and Bobby McGee】の Demo Verpion デモ・バージョン(1970年7月28日録音)が『The Pearl Sessions』(2012年)などいくつかのコンピレーション・アルバムに収録されている。

興味のある人は、ザラついた彼女の優しさに触れてみたらどうだろうか?

おすすめするわ。

 

(click to amazon ↓ ↓ ) Demo Version “Pearl Sessions” [CD] クリックしてアマゾンへ ↓ ↓

 

Janisは、幸せになりたいのに、悲しいことばかりに目が行くタイプだったのかな?と曲を聴いていると思う。

悲しい歌で自らの上手くいかない恋愛を表して、助けを求めていたのではないか?

ただ、それを周りは理解していなかったんだろう。

深いところまでJanisを知ろうとしていなかったと思う。

歌が上手い、ライブが迫力あるパワフルなシンガー、ともてはやすだけだったのではないだろうか?

もてはやすだけもてはやして、ポイ。

もしかしたら、近しい人まで彼女の性格を見てあげられなかったのかな?

余りにも寂しすぎる。

そう思うと愛する男と上手くいかなかった歌ばかり歌うJanisが可哀想に思える。

もっと幸せな歌を歌うこともすれば良かったのに。

色んな感情を表すJanisを見たかった。

幸せな恋愛の歌、明るい人間関係の歌をもっともっと歌っていたら Janisはまだ生きていて色鮮やかな感覚を歌い続けていたと思うの。

明るい未来を描ければ幸せになれると思うからよ。

そして、相手を尊重する心が必要なんだ。

 

Lyraの気持ちとしては、「同じRock好きさん達と一緒に楽しみたい!」と言う想いだけでこのブログをやっている。

大好きなアーティストのサウンドを一緒に感動し合ったり、「皆んなが知らないかもしれない」と思ったら、Lyraの知り得ることは全部、教えてあげたい!と思って書いている。

おすすめのアルバムを見つけたら歌詞と一緒に掲載したり、

素晴らしい歌詞を見つけたら、わかりやすく現在の言葉に直して和訳する。

分かりやすいがモットー。

そして、正直でありたい。

素晴らしい曲でも、歌詞がイマイチならば「好みではない」と感想を正直に書くし、感動したら「大好きな歌詞だ!」と興奮して書いてしまう。

それがLyraだ。

正直に書いてしまう。

皆んなそれを「凄く面白い!」と言ってくれるし、

「勉強になる!」とか

「Lyraのお陰でやっと本当の意味がわかった!ありがとう!」と感想をいってくれる。

その皆んなの喜ぶ姿が嬉しいし、役に立てたと言う想いが次へのLyraの原動力になっている。

だが、中には心無い大人もいて、馬鹿みたいなやっかみ事を言って来たり、悪口を言う。

それに Lyraの真似をしたり、パクったりする奴までいて頭にくる。

自分と言うものがその人間にはないのだろう。

才能もない癖に人の真似ばかりして、まるで自分の手柄のようにしている気持ち悪さが許せなくなる。

そんなにアイデアがなく、ネタがなくて書けないならば創作するのや作詞作曲するのをやめたら? 法的に訴えます。

真似する奴は気持ち悪くてストーカーだ。

そういう気持ち悪い人間がいるからゾーッとする。

1人の人間が生み出したものを盗む人間は人を思いやる心が欠如している人間だ。

相手を思いやる心があればそんなことはできない。

だから、そのような心無い人間がいるから、ブログでは詳しく書くのを控えようかな?と考えている。

ただ、喜んでくれてる方々の事を考えると心苦しいのです。

やっぱり皆んなの「感動したよ」とか、中には「Lyraの文章で感激して泣いたよ」と言われるでしょう?

あれ凄く嬉しいんだから!

中には「興奮して寝れなくなったよ。」と言う人までいて笑ってしまいましたが、凄く感激したの。

皆んなありがとう😊

だから、迷い中です。

色々、考えながらベストなものを提供出来るようにしたいですね。

頑張って行くので、これからも応援よろしくお願いします。

幸せを手に入れる為に、明るい未来しか信じていないから。

って、今のLyraは凄〜く幸せなんだよ。

Thank You All (≧∇≦)

 

スポンサーリンク

Joplin recorded the song for inclusion on her Pearl album only a few days before her death in October 1970. Kristofferson had sung the song for her, and singer Bob Neuwirth taught it to her. Kristofferson did not know she had recorded it until after her death. The first time he heard her recording of it was the day after she died. Joplin’s version topped the charts to become her only number one single and in 2004, her version of this song was ranked No. 148 on Rolling Stones list of the 500 Greatest Songs of All Time.

 

 

“Me and Bobby McGee” is written by Kris Kristofferson but originally performed by Roger Miller.

The song’s title came from producer and Monument Records founder Fred Foster. When Foster proposed the title, Kristofferson heard “McGee” when, in actuality, [Foster] had said “McKee” (Bobby McKee was the secretary of someone who worked in the same building as Foster).

In coming up with a concept for the song, a scene from the film La Strada came to Kristofferson’s mind. “I thought of … a scene where Anthony Quinn is going around on this motorcycle and Giulietta Masina is the feeble-minded girl with him, playing the trombone.”

Later on in the film, Quinn hears a woman singing the melody that little girl used to play and finds out that [the girl] has died. That night, [Quinn] goes to a bar and gets in a fight. Drunk, he ends up howling at the stars on a beach.

“To me, that was the feeling at the end of ‘Bobby McGee.’ The two-edged sword that freedom is. He was free when he left the girl, but it destroyed him. That’s where the line ‘Freedom’s just another name for nothing left to lose’ came from.”

Source: Kris Kristofferson’s “Me and Bobby McGee”

 

スポンサーリンク

Please send me your message♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪