Louis Armstrong【On The Sunny Side Of The Street】和訳カムカムエヴリバディの曲とサッチモ解説 Satchmo is Freedom

どうしても昔から親しんで来た映画や海外ドラマにハマってしまう為、日本のドラマにハマることは数少ない…(面白いな、位はあるが)。

それが久しぶりに、おまけに、朝ドラにハマるとはね。驚き。

Lyraの毎日の投稿を見て下さってる方々はご存じだと思いますが、『カムカムエヴリバディ』に今、ハマっておりまする。

朝からドビックリな泥沼劇を見せられたり、ラブラブな純愛で癒されたり、、、先が読めるからいつもの予想して当たるから楽しんでいる。

でも1番のハマる理由は、Jazzがストーリーの鍵になっているからだ。

ドラマ全体に色濃く染み渡るJazzのサウンドが、優しく私たちに寄り添ってくれる。

特にキーになっているLouis Armstrong ヴァージョンの【On The Sunny Side Of The Street】は、ゆるくふわふわと漂い、私たちにそうっと近づいてくる。又、Louis Armstrongの存在自体が、このドラマの全てを支配していると言ってもいい。

嫌な事はひとまず置いて「今を楽しもう」と言うメッセージが、戦後復興の人々のハートを癒したに違いない。

いや、それだけじゃない。その優しい歌声は、現在の私達の胸の奥底にある傷まで染み渡り、治癒してくれさえする…。

自分に正直に生き、愛を与え、愛を貰ったら感謝する。嘘偽りのない、誰でもない私自身でいること、それは日向の道を歩くことだ。

オリジナルでその日向の道を歩いていれば、必ず幸せな場所にいける。

自分のいるべき居場所へ。

今日Lyraが和訳&解説するのは、アメリカ合衆国ルイジアナ州ニューオリンズ出身のシンガー、ジャズトランペット奏者、作曲家、俳優である Louis Armstrong ルイ・アームストロング(1901年8月4日 – 1971年7月6日)。ニックネームは、Satchmo サッチモ が1番有名 (他のは、この後に説明します。)

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ニューオーリンズのアフリカ系アメリカ人が多く住む貧しい居住区で生まれ、子供の頃、祭りに浮かれ、ピストルを発砲してしまい、少年院に送られるなど様々な経験を経て、少年院のブラスバンドでコルネットを演奏したのがきっかけで、音楽の道へ。

楽器奏者で楽団入りした後、ヴォーカリストとしても歌うようになり、作曲家、俳優もするマルチな活動をしていたミュージシャンだ。

今日Lyraが和訳する曲は、Jimmy McHugh 作曲した1930年の曲と Dorothy Fields の歌詞を合わせた曲 【On The Sunny Side Of The Street】(邦題【明るい表通りで】)。

現在、NHK朝ドラ『カムカムエヴリバディ』で3世代に渡り、劇中づ重要な鍵となる曲として使用されている。

詳しい解説は、LyraのHipな和訳の後に、又お話ししましょっ!

 

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“On the Sunny Side of the Street” is a 1930 song composed by Jimmy McHugh with lyrics by Dorothy Fields. Some authors say that Fats Waller was the composer, but he sold the rights to the song. It was introduced in the Broadway musical Lew Leslie’s International Revue starring Harry Richman and Gertrude Lawrence. Richman and Ted Lewis enjoyed hit records with the song in 1930.

=On The Sunny Side Of The Street : Louis Armstrong Version=

Grab your coat and get your hat

Leave your worries on the doorstep

Life can be so sweet

On the sunny side of the street

Can’t you hear the pitter-pat

And that happy tune is your step

Life can be complete

On the sunny side of the street

I used to walk in the shade with my blues on parade

But I’m not afraid… This rover’s crossed over

If I never had a cent

I’d be rich as Rockefeller

Gold dust at my feet

On the sunny side of the street

[Instrumental]

I used to walk in the shade with them blues on parade

Now I’m not afraid… This rover has crossed over

Now if I never made one cent

I’ll still be rich as Rockefeller

There will be gold dust at my feet

On the sunny

On the sunny, sunny side of the street

 

さあコートなんか大急ぎで脱ぎ捨てて

帽子を持って

悩み事は玄関口に置いて

そうしたら

人生がとっても素晴らしいものになるよ

日の当たる表通りなら

心臓のドキドキが聞こえないの?

そしてホラ

それは君の幸せな曲になって

君のステップになるんだぜ

そうしたら人生は完璧になるさ

日の当たる表通りならね

 

俺はさ

ずっとブルーズ(憂鬱)を見せびらかすように

日陰の道を歩いて来たんだ

でもさ

今はもう怖くなんかないぜ

だってこの彷徨える俺様は

ジャンルを(生き方を)

変えたんだもんな

 

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もし俺が1セントも持っていなくても

俺はロックフェラーのように

金持ちになっただろう

俺の足元の金粉を見ろって

日当たりの良い表通りでさ

 

俺はさ

ずっとアイツらと

ブルーズ(憂鬱)を見せびらかすように

日陰の道を歩いて来たんだ

でもさ

今はもう怖くなんかないぜ

だってこの彷徨える俺様は

ジャンルを(生き方を)

変えたんだもんな

 

今の俺が

今まで1セントも

稼いだことがなかったとしても

俺はまだロックフェラーみたいになれるぜ

だって俺の足元には

金粉があるだろうからね

このお日様が照ってる

このお日様が照ってる

日の当たる表通りを生きて行くんだから

 

Songwriters: Jimmy McHugh with lyrics by Dorothy Fields

Translator: Lyra Sky 和訳

 

 

涙が溢れてるくる素晴らしいポジティブな歌詞。これは、Jimmy McHugh の楽曲にDorothy Fieldsが歌詞を書いたものだ。

Fatz Waller が作曲家だったと言う作家もいるが、彼はその曲の権利を売ったので、この2人がクレジットされている。

メロディがTVで使用された曲と違うので、「え?同じ曲?」と思った人も多いでしょう。同じ曲です、Jazzならではのアレン、アドリブの成せる技。

因みに歌詞は、歌うアーティストによって、付け足されていたり、削られていたりしていて同じではない場合もありますが、内容は皆同じ。ポジティブに生きて行く、悲しみを乗り越えて行く人間の魂だとLyraは思います。

 

On the Sunny Side of the Street】(明るい表通りで)は、1930年リリースの曲で、Harry Richman と Gertrude Lawrence が主演したブロードウェイのミュージカル『Lew Leslie’s International Revue 』で最初に紹介された曲。それから様々な映画やドラマやCMなどなど…多くの作品に使用され、様々な国のアーティスト達にカヴァーされ、愛されて来た曲なのだ。

Louis Armstrong について

ここでLouis Armstrongを知らない方のために、チラッと解説しましょう。ご存知の方は飛ばしてOKです。

Louis Armstrongの名は、広く知られているニックネームの(ドラマで「るい」(深津絵里)がジョー(オダギリジョー)に呼ばれてる) Satchmo サッチモ の他に、Pops ポップスSatch サッチ、Dipper Mouth ディッパー・マウス と言うニックネームでも知られているのですが、元は、最高な牡牛座のシンガーである(同じ〜!) Ella Jane Fitzgerald が、Louis の大きな口を見て「Such a mouth!」と叫んだのでSatchmoと呼ばれるようになったという、何とも今なら世間に言われちゃいそうな理由から色々とニックネームがついたのだ。

Louisは、ニューオーリンズのアフリカ系アメリカ人が多い貧しい居住区出身で、子供の頃、祭りに浮かれ、ピストルを発砲してしまい、少年院に送られ、そこのブラスバンドでコルネットを演奏することになったのがきっかけで、楽器奏者の道をいくようになる。町のパレードなどで演奏するようになると、一気に人気者に。

1923年シカゴに移住。キングこと、Joe “King” Oliverの楽団に加入し、初のレコーディングをする。

1924年ニューヨークに行き、Fletcher Henderson フレッチャー・ヘンダーソン楽団に在籍。ブルースの女王Bessie Smith ベッシー・スミスとも共演。

その後シカゴに戻り、当時の妻リル・ハーディン・アームストロング(ピアノ)らと共に自分のバンドのホット・ファイヴを結成。1926年に録音した楽曲「Heebie Jeebies」は、ジャズ史上初のスキャット・ヴォーカル曲として知られることになる。1925年11月~1932年、オーケー・レーベルでレコーディング。

 

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1930年代にはLouis は、ヨーロッパ・ツアーも行った。第二次世界大戦時には慰問公演も行った。だが人種差別が法的に認められていた当時のアメリカでは、公演先でも白人と同じホテルへ泊まれないし、劇場の入り口も別々というあからさまな人種差別を受け続けた。1932年ビクター専属に。1939年からDekka 録音が行われた。

1950年代は大ヒットを連発し、【La Vie en rose バラ色の人生】や【Kiss Of Fire 】等が有名。 1953年には初の日本公演を行う。1956年 Ella Fitzgeraldと共演。

1960年代、時代がビートルズを代表とするポップ・ミュージック一色となる中でも、多くのアメリカ国民に受け入れられた。特に【Hello, Dolly! ハロー・ドーリー!】は1964年5月9日付けの全米№1を記録し、その年の2月から3ヶ月間1位を独占していたビートルズの連続1位の記録。当時63歳のLouis の偉業は全米を驚愕させた。

*The Beatlesについては、こちらなど→【The Beatles / The Ballad of John and Yoko】 和訳 Sweet Funny Honeymoon Lyrics

 

 

1967年【What A Wonderful World この素晴らしき世界】が世界的なメガヒットとなった。1968年『Disney Songs The Satchmo Way サッチモ・シングス・ディズニー』をリリース。

1969年『女王陛下の007 On Her Majesty’s Secret Service』の主題歌のように目立つ挿入歌【We Have All the Time in the World 愛はすべてを越えて】リリース。

イギリスでは1994年に Music Weekly 誌で、最高位3位を獲得。

持ち前のコミカルな魅力とサービス精神旺盛なエンターテイナーぶりが評価され、映画にも多く出演。代表作はFrank Sinatra フランク・シナトラやBing Crosby と共演した『High Society 上流社会』や『The Five Pences』5つの銅貨』『Hello Dolly! ハロー・ドーリー』等である。

LIFE誌が1999年に選んだ「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」に選ばれている。Nellson George は、Louisが黒人社会では「アンクル・トム」とレッテルを貼られていたと証言している。

マリファナが大好きなことは音楽仲間の間では有名。Louisは、 「マリファナはウイスキーの1000倍素晴らしい」と豪語していた。

1919年、Daisy Parker と結婚。いとこの息子クラレンス・アームストロング(幼少期のけがで知的障害があった)を養子にする。Louisは、一生彼の面倒を見た。1923年離婚。

1924年リル・ハーディンと結婚。リルはKing Oliver Band のピアニストだった。だが彼がツアーで忙しい事から1931年別居、1938年また離婚してしまう。

歌手で作曲家でもあった彼女は悲恋歌『just for a thrill』を1939年に発表。1959年にRay Charlesがカバーした。

その後、長年の恋人アルファ・スミスと3度目の結婚をするが4年後、1942年離婚。

同年コットン・クラブの歌手ルシール・ウィルソンと結婚。1971年に彼が亡くなるまで添い遂げた。

Louis Armstrong は4回結婚し、子供たちを愛したが、実子はいないと言われて来た。だが2012年11月、57歳のSharon Preston-Foltaが「自分はアームストロングの娘である」と主張。主張によればコットン・クラブのダンサーだったLucille “Sweets” PrestonとLouis の1950年代の情事から生まれたと言うことらしい。

 

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【On The Sunny Side Of The Street】について

人気カヴァー曲に

 

今ではJazz のスタンダード・ナンバーとなり、器楽演奏で、Louisの他に、Ted Lewis、Dave Brubeck、Earl Hines 、Benny Goodman、Lionel Hampton Erroll Garner 、Dizzy Gillespie 、Art Tatum 、Count Basie といったジャズの巨人Count Basieたちによって録音が残されていく名曲になった【On The Sunny Side Of The Street】。

他にも the Nat King Cole Trio, Dave Brubeck, Earl Hines, Benny Goodman, Lionel Hampton, Erroll Garner, Dizzy Gillespie, Art Tatum, James Booker, Count Basie, Lester Young.Ella Fitzgerald , Billie Holyday, Judy Garlad など多数のアーティスト達がカヴァーしている。

Louis Versionと他ヴァージョン

Louis Armstrong のヴァージョンは、ハ長調でレコーディングされていて、色々なテンポやサウンドでレコーディングされている。

Ted Louisはそれをニ長調で録音し、Ella Fitzgelad はト長調でレコーディングしている。

カバーバージョンは、レイトン&ジョンストンがコロンビアの曲をリリースした1930年まで遡るので、かなり昔の曲なのだ。

Billie Holiday、Bing Crosby (January 21, 1946 with Lionel Hampton)、Dinah Washington、Ella Fitzgerald、Judy Garland、Doris Day、 Brenda Lee(1961)、Frankie Laine、Keely Smith、Nat King Cole、Jo Stafford with The Pied Pipers (a No. 17 hit in 1945)、Frank Sinatra、Willie Nelson、 Jon Batiste、Rod Stewart、 Storm Gordon もこの形で、レコーディングをしている。

 

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おそらく最も人気のあるアレンジした曲は、1945年にチャートで成功を収めて16位に到達したトミー・ドーシーとセンチメンタリストによるものだ。

1975年にロックバンドのTrapeze がセルフタイトルのアルバムTrapeze(1975アルバム)の曲をカバーし、7インチのシングルとしてリリースしたが、これはチャートインせず、

影響力

先程触れたように、この曲、人気があった為、世界中の映画やテレビなど、あちこちで使用されて来た。

1991年の映画JFK 、1995年映画「花嫁のパパ2」、シットコムのフレイジャーのエピソード、1992年ノーザンエクスポージャーの第4シーズンの第4話、シリーズで取り上げられた。

曲とLouisについて思う事

Louis Armstrongの キャリアは1920年代から1960年代までの50年間、ジャズの歴史のさまざまな時代に彼は活動して来たのだ。

2017年、彼はリズム&ブルースの殿堂入りをしたが、遅すぎるくらいだろう。何故、すぐに出来なかったかは、詳しく書いたらこのページだけでは足りなくなる位、長い話になるため、割愛するが、簡単に言えば、アメリカの人種差別の根強さと、その人種差別する白人達とは別に、同じ黒人達からも理解されず、中には、白人におべっかを使ってる裏切り者呼ばわりする奴らがいたこともあると思う。心無い人間がたくさんいるのは、実体験からも分かるだけに、今より残酷な時代を生きて来た(現在だっで残酷だが) Louisの苦難には同情しても仕切れないくらいだ。

すぐに「Louis Armstrongだ!」と認識できる砂利のような声で、Louis は、影響力のある歌手として、また、即興演奏者としての優れた器用さを示したのだ。

表現目的で曲の歌詞とメロディーは、アドリブで変わったりもするのが面白いし、Jazzらしい。そして彼は、スキャットの歌唱にも非常に熟練していた探求熱心なヴォーカリストだと思う。

そのカリスマ的なステージでの存在感とトランペット演奏とほぼ同じくらいの声で有名なのも持って生まれたのだから、これも才能なのだ。

Louisの影響力は、Jazzの世界をはるかに超えて、1960年代の彼のキャリアの終わりまでに、彼は一般的にポピュラー音楽に大きな影響を与えたと認知されている。

つまりLouis Armstrongは、「クロスオーバー」した最初の、真に人気のあるアフリカ系アメリカ人のエンターテイナーの1人だったのだ!

当時非常に人種差別的だったアメリカで、彼のJazzというジャンルの音楽と同じくらいの人気を博すのは、並大抵な事ではない。

彼はめったに彼の人種を公に政治化せず、しばしば仲間のアフリカ系アメリカ人を失望させたのだが、リトルロック危機での分離のために広く公表された立場をとっていた。

彼の芸術性と音楽の才能( 歌も歌え、トランペットも才能がある)、そしてファニーでお茶目な個性により、彼はアメリカ社会の上位層にアクセスすることができたのだが、これは普通の人間では、当時無理なこと。

それなのに、黒人男性に厳しく疎まれ、制限されていたのは、可哀想すぎる。きっと悪口を言っていた連中は、同じ黒人なのにLouisだけ上のステージに上がっているように見えて「白人におべっか使って、自分だけ金持ちになって」という妬みや嫉妬から悪い行動に出たに違いない。

Louis自身は、金儲けというより黒人としての地位を上げるために頑張ったというのに。そしてJazzというジャンルをPopsの域にまでポピュラーなものにして、可能性のある世界を広げたかったのではないだろうか?

I used to walk in the shade with my blues on parade

But I’m not afraid… This rover’s crossed over

この歌詞の部分がLyraには凄く刺さる。だってLouis 自身がそうだったからだ。彼は、この歌詞のように、「ジャンルを変えたんだからね」だから。

このジャンルを変えたとは、「生き方を変えた』と言う意味であり、ブルーズもJazzだけでもなく、黒人の地位を高めるために、メジャーな世界にも生きる、とこだわりを捨て、自由にジャンルを飛び越えられる生きる道に方向転換した、Louis Armstrong自身のことを歌っているからだ。

クロスオーバーとは、 《ジャズにロック・ラテンなどが混じり合って生まれた新しい音楽形態のことであり、またその歌手やプレイヤーをさすのだが、LyraにはこれこそがLouis Armstrongを形容した言葉だと言いたい。

ああ人生は何と素晴らしい!

まさに、What A Wonderful Worldだ。

この【On Sunny Side Of The Street】は、戦後復興の歌でもあると言えないか?!

日本に住んでいた当時の人々が、ジャズブームだったと言っても、どれだけの人がこの歌を聞いたか?又、有名な曲だったから多くの人達が聞いたとは予想し得るが、聞いたとしてもどれだけの人々が、歌詞の意味を知っていたか?はわからない、、、だが、もし、知っていたならば、明日への第一歩を踏めるパワーソングになっていたに違いない。だって、今の2020年代になってもグッと来るのだから!

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朝ドラ前期の主人公、安子は、町で人気の和菓子店の長女で幸せな暮らしをしていた所から、愛する人との生活を戦争によって壊された。それだけでなく仲良しで優しかった両親、そして愛する夫までも、全て亡くしてしまう。戦争によって、自分の味方が1人もいなくなってしまうのだ。

現代の今、見たら、この二人の結婚なんて、取立てて身分の差結婚でもなかったのに、義母義父から攻められ、娘まで奪われそうになり、岡山から逃げて大阪へ…その後は、もう泥沼で、朝ドラならぬ、昼メロ泥々人間関係の世界へ突入する。

だがそのどの地獄の中でも、安子が挫けなかったのは、夫、稔との間に授かった娘への愛と、夫の好きだったこの曲【On The Sunny Side Of The Street】に支えられて来たからだ。

安子は、稔の影響で英語を知り、Jazzを知る。

最愛の彼が1番大好きだったこの【On The Sunny Side Of The Street】の歌詞が分かるようになった安子には、お金がなくても日の当たる道を歩いていけば、悲しみを忘れることが出来、娘と生きていけたのだ。

 

稔との思い出と、この曲の歌詞が安子のパワー。そしてこの曲の想いを託した娘るいが、希望だったのだ。

きっと当時、この曲を聴いた人達の中でも、安子と同じように、この歌詞を知って生きて行くパワーにし、頑張って苦難の道であってもプライドを持って歩けたのに違いない。

 

今ドラマは3世代描く中での、中期で、前期の泥沼劇は無くなって淡い初恋がメインだが、いまだに戦争による地獄の世界が、蘇って来るのが見ていると、痛々しくて改めて戦争の恐ろしさを痛感した。

娘るいは、苦しみから逃れる為に、過去を封印した。記憶さえも曖昧になるほどに。

だが運命は、彼女をJazzに導き、愛を知る。

 

 

そして両親と同じようにJazzによって絆を深め、両親と同じように愛し合い、Jazzを通して世界を見るのだ。

この曲を聴くたびに、日陰の道なんか歩いていなくてよかった…とつくづく思う。

辛い思いや怖い思いもして来たが、愛し合い感謝しながら、自分らしく正直に生きて来れてよかった。

だからこそ幸せで愛に包まれて生きれているのだ。

勿論、より楽しい毎日を送れているのは、いつも自分に寄り添ってくれる大好きな音楽のお陰もある。

 

私たちは、この明るい表通りをずっと歩いていける。

素晴らしい歌と共に。

音楽って素晴らしい…本当に…

生きているって素晴らしい!

 

 

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1930 song composed by Jimmy McHugh with lyrics by Dorothy Fields. Some authors say that Fats Waller was the composer, but he sold the rights to the song. It was introduced in the Broadway musical Lew Leslie’s International Revue starring Harry Richman and Gertrude Lawrence. Richman and Ted Lewis enjoyed hit records with the song in 1930.

 

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Other notable recordings

Having become a jazz standard, it was played by Louis Armstrong, the Nat King Cole Trio, Dave Brubeck, Earl Hines, Benny Goodman, Lionel Hampton, Erroll Garner, Dizzy Gillespie, Art Tatum, James Booker, Count Basie, and Lester Young. The Louis Armstrong version was recorded in the key of C major, but it has been recorded in a range of keys; Ted Lewis recorded it in D major and Ella Fitzgerald in G major.Cover versions date as far back as 1930, when Layton & Johnstone released the song for Columbia. The song was recorded by Billie Holiday, Bing Crosby (January 21, 1946 with Lionel Hampton), Dinah Washington, Ella Fitzgerald, Judy Garland, Doris Day, Brenda Lee(1961), Frankie Laine, Keely Smith, Nat King Cole, Jo Stafford with The Pied Pipers (a No. 17 hit in 1945),  Frank Sinatra, Willie Nelson, Jon Batiste, Rod Stewart, & Storm Gordon . Arguably the most popular arrangement was by Tommy Dorsey and the Sentimentalists which achieved chart success in 1945 reaching the No. 16 spot. In 1975 rockband Trapeze (band)covered the song on their selftitled album Trapeze (1975 album) and was also released as a 7″ single but it did not chart.
The song was featured in the 1991 film JFK, the 1995 film Father of the Bride Part II, in an episode of the sitcom Frasier and in the fourth episode of the fourth season of Northern Exposure, series in 1992.

 

Louis Daniel Armstrong (August 4, 1901 — July 6, 1971), nicknamed Satchmo, Satch, and Pops, was an American trumpeter, composer, singer and occasional actor who was one of the most influential figures in jazz. His career spanned five decades, from the 1920s to the 1960s, and different eras in the history of jazz. In 2017, he was inducted into the Rhythm & Blues Hall of Fame. With his instantly recognizable gravelly voice, Armstrong was also an influential singer, demonstrating great dexterity as an improviser, bending the lyrics and melody of a song for expressive purposes. He was also very skilled at scat singing. Armstrong is renowned for his charismatic stage presence and voice almost as much as for his trumpet playing. Armstrong’s influence extends well beyond jazz, and by the end of his career in the 1960s, he was widely regarded as a profound influence on popular music in general. Armstrong was one of the first truly popular African-American entertainers to “cross over”, that is, whose skin color became secondary to his music in an America that was extremely racially divided at the time. He rarely publicly politicized his race, often to the dismay of fellow African Americans, but took a well-publicized stand for desegregation in the Little Rock crisis. His artistry and personality allowed him access to the upper echelons of American society, then highly restricted for black men.

Album Jam Session Mit Louis Armstrong (1955)

by Louis Armstrong

Label Brunswick

More Louis Armstrong lyrics

  • ·When The Saints Go Marching In
  • ·What A Wonderful World
  • ·St James Infirmary
  • ·When You’re Smiling
  • ·A Kiss To Build A Dream On
  • ·C’est Si Bon
  • ·I Only Have Eyes For You
  • ·Hello, Dolly

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