和訳【Like A Rolling Stone/Bob Dylan】解説 この歌の本当の意味 Changeless Heart

Happy Birthday, Bob Dylan! How do you keep getting older but keep looking younger? Amazing as same as your great Songs!

この前、お誕生日だったこのお方。

「birthday記念に彼の歌を和訳しよう!」

でも曲がありすぎて、どれにしようか迷う〜。

前に和訳&解説したのが、日本では、少しマイナー気味?だったので、今日は、超メジャーなこの曲にしたよ。

前に「やって欲しい」とリクエストもあったのもあるし…。

超有名な曲であり、Bob Dylan本人もターニングポイントになったという重要な曲だから、やらなきゃ、とずっと思ってはいたの。

ただ聴いていると色々考えちゃって超Heavyになるから、避けていたのかも。

大好きなEdieのことを考えると、なんとも言えないから。

それに一時期の自分に対して言われてるようにも感じて…

苦しくなるの。

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今日Lyraが和訳&解説するのは、アメリカ合衆国ミネソタ州ダルース出身のミュージシャン、シンガーソングライターである、Bob Dylan ボブ・ディラン(1941年5月24日 – )。

ユダヤ系アメリカ人で、出生名Robert Allen Zimmerman ロバート・アレン・ジマーマン。自ら法律上の本名をBob Dylanに改名した。

因みに、Dylanは、詩人Dylan Marlais Thomas ディラン・トマスにちなむ。

2016年歌手として初めてノーベル文学賞を受賞。

【Bob Dylan/ Shot Of Love】From Dark Side 和訳 Lyrics

 

今日Lyraが和訳する曲は、1965年にリリースされたスタジオアルバム『Highway 61 Revisited』(追憶のハイウェイ) に収録されているヒットシングル【Like a Rolling Stone】(1965年6月28日リリース)。

Bob の最大のヒット・シングルであるだけでなく、60年代のロック変革期を象徴する曲とされ、彼の名声を神話的レベルにまで高めた。

詳しい解説は、LyraのHipな和約の後に、又お話しましょう!

 

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Like a Rolling Stone” is a 1965 song by the American singer-songwriter Bob Dylan. Its confrontational lyrics originated in an extended piece of verse Dylan wrote in June 1965, when he returned exhausted from a grueling tour of England. Dylan distilled this draft into four verses and a chorus. “Like a Rolling Stone” was recorded a few weeks later as part of the sessions for the forthcoming album Highway 61 Revisited.

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= Like A Rolling Stone=

Verse 1]
Once upon a time you dressed so fine
Threw the bums a dime in your prime, didn’t you?
People call, say “Beware doll, you’re bound to fall”
You thought they were all a-kiddin’ you
You used to laugh about
Everybody that was hangin’ out
Now you don’t talk so loud
Now you don’t seem so proud
About having to be scrounging your next meal

[Chorus 1]
How does it feel?
How does it feel?
To be without a home?
Like a complete unknown?
Like a rolling stone?

[Verse 2]
Aw, you’ve gone to the finest school all right, Miss Lonely
But ya know ya only used to get juiced in it
Nobody’s ever taught ya how to live out on the street
And now you’re gonna have to get used to it
You say you never compromise
With the mystery tramp, but now you realize
He’s not selling any alibis
As you stare into the vacuum of his eyes
And say, “Do you want to make a deal?”

Chorus 2]
How does it feel?
How does it feel?
To be on your own
With no direction home
A complete unknown
Like a rolling stone?

[Verse 3]
Aw, you never turned around to see the frowns
On the jugglers and the clowns when they all did tricks for you
Never understood that it ain’t no good
You shouldn’t let other people get your kicks for you
You used to ride on a chrome horse with your diplomat
Who carried on his shoulder a Siamese cat
Ain’t it hard when you discover that
He really wasn’t where it’s at
After he took from you everything he could steal?

[Chorus 3]
How does it feel?
How does it feel?
To hang on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone?

[Verse 4]
Aw, princess on the steeple and all the pretty people
They’re all drinkin’, thinkin’ that they got it made
Exchangin’ all precious gifts
But you’d better take your diamond ring, ya better pawn it, babe
You used to be so amused
At Napoleon in rags and the language that he used
Go to him now, he calls ya, ya can’t refuse
When ya ain’t got nothin’, you got nothin’ to lose
You’re invisible now, ya got no secrets to conceal

[Chorus 2]
How does it feel?
Aw, how does it feel?
To be on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone?

 

昔〜昔、お前は

お姫様のようにキメていたっけ

女盛りのお前は

10セントを浮浪者に投げ与えていたっけ

人々はお姫様を呼びつけてこう言う

「気をつけな

お嬢ちゃん

そんなことしてたら堕落せざるおえなくなるぞ」

アイツら全員が

お前をからかっていると思ったろ

お前はうろついてる奴らを

大っぴらに朝笑った

だがどうだよ

今のお前は大声で話やしない

今やお前はお高くとまってもいない

次の飯を漁るにしても

 

どんな感じだよ?

どんな感じかって?

家無しになってよ?

帰る場所なんてねぇぞ

全くの無名みたいだな?

転がる石みてぇにな?

 

ああ

お前はお上品な学校に通っていたんだっけな?

孤独なお嬢さん

でもお前は法外な利子を吸わされていただけさ

誰もお前に教えてくれなかっただろ

街角でどうやって生き抜くかの方法なんてさ

だが今やお前は

それに慣れる必要があるんだぜ

奇妙な売春婦と折り合いをつけるなんざゴメンだってお前は言う

だが今お前は悟った

奴の空虚な両眼を食いいるように見つめながら

奴は口実なんか売っちゃいないってな

そうしてお前は言うのさ

「アタシと取引しない?」ってな

 

どんな感じだよ?

どんな感じかって?

家無しになってよ?

帰る場所なんてねぇぞ

全くの無名みたいだな?

転がる石みてぇにな?

 

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ああ、お前ったら振り返って

渋顔の連中の顔色も気にしやしない

ペテン師やバカどもの

奴ら全員がお前に仕掛けている時も

それが自分にとって良くないことだって

お前は気づきもしなかったんだからな

自分の為なら

他人に刺激を求めるべきじゃなかったよ

お前ったら駆け引き上手な

肩にシャム猫をのっけてる奴と一緒に

良くヘロイン決めて跨っていたな

お前は発見するのも簡単だったろ

奴が盗み出せる限りの物を全部

お前から盗み出し

いなくなったのを

 

どんな感じだよ?

どんな感じかって?

自分自身だけで

しがみついてるのって

家無しになってよ?

帰る場所なんてねぇぞ

全くの無名みたいだな?

転がる石みてぇにな?

 

えっと

尖頭の上のお姫様

そして小粋な皆様

奴らは全員

酒を飲んで

自分達が

全ての貴重な贈り物とそれを

交換させたって思ってやがる

だがな

お前ら自分のダイヤモンドの指輪を気にした方が良い

質屋に入れた方が良いぜ

ベイビー

お前はいつも面白がっていたな

敷物の中のナポレオンや

アイツの使っていた言葉をさ

今すぐ奴の所へ行けよ

アイツが呼んでんだろ?

お前はアイツだと断れないんだよ

びた一文にもならなくても

お前は手放すことができなかったのさ

今のお前には見えなくなってるんだ

お前には隠す秘密もねぇだろ?

 

どんな感じだよ?

どんな感じかって?

自分自身だけで

しがみついてるのって

家無しになってよ?

帰る場所なんてねぇぞ

全くの無名みたいだな?

転がる石みてぇにな?

 

Songwriter: Bob Dylan

Translator: Lyra Sky 和訳

Bob Dylanだって知らないで、この曲を聴いていたり、The Rolling StonesやJimi Hendrixなどの有名アーティストがカヴァーしているのを聴いて(Bobの曲だとは知らずに)、「好きだなあ〜」と思っていた人もいるんじゃないかしら。

映画やTVにも使用され、最近のアーティストにもカヴァーされているこの有名な曲は、Ritchie Valensの【La Bambaラ・バンバ】を参考にしたと言うだけあって、明るくてフォーキー。

まだフォークからの脱皮を図ったばかりのBobの初々しさもあり、フォーク・ロックの産声を聴いているようで、和めるようなサウンドだと思う、、、歌詞に反してだが。

今のBobより澄み切った声のせいか、皮肉を言いまくっている歌詞がまだマイルドに感じる。

マイルドさは、若さゆえの迷いからか?

そんな歌い方が、こんなキツい言葉を吐きながらも、どことなく迷いながらの愛を感じさせて、聴いていると切なくなる。

でも何故Dylanは、こんなキツいことを言い放ったのだろう。

あの子が憎いから?

それとも?

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Bob Dylanは、イギリス・ツアーを終えて帰国する時(1965年6月初旬)に、一編の散文詩を書いた。それが、この曲の元ネタだ。

ちなみにこのツアーはドキュメンタリーフィルムの『Don’t Look Back』の撮影も兼ねていたのたが、Bobは民衆の彼への期待がイマイチだったのもあり、かなり落ち込んでいたと言う。

そして、Bob自身のキャリアの方向性も危ぶまれていた為に、真剣に音楽産業から身を引こうと、考えていた時期でもあった。

それだけ追い詰められていたと言うことだろう。

1966年のプレイボーイのインタビューで、不満を説明している。

「この春は、もう歌うのをやめようと思ったんだ。もう干からびたようなもんさ。そんな風に物事が進んで行ったな。めちゃくちゃ厄介な状況だったよ。でも【Like a Rolling Stone】がそんな物全てを変えたんだ、俺が言いたいのは、自分自身を掘り下げることが出来たってことだよ。もし君自身が、自分を掘り下げなければ、奴らがどれくらい君を掘り下げるているか、他人から聞くのは疲れるからね」

Bobが落ち込んでいたのは、このインタビューの言葉から察するに、今までの観客が、フォークシンガーのBobを期待していて、彼の新しい試みであるエレキギターを弾いて歌うRockなBobは、受け入れてくれないという、当時の状況を不満に思っていたからだと思う。

ライブビデオを見たことがある人なら、今Lyraが言った事がわかるだろう。

イギリスのライブで、Bobがエレキギターを持ってステージに上がった途端、会場に溢れんばかりにいた観客全員が驚き、その中の1人が「裏切り者= Juda」と叫んだ為に、会場中が叫んだ男を非難するブーイングと、逆に彼に賛同してBobに対してブーイングする者とで、大騒ぎになり、Bobは、それを聴いて「I don’t believe you. You’re a liar!=お前らなんか信じていないぜ。お前らなんて、みんな嘘つきだ!」と叫び、この曲を歌出だした、というエピソードがあるからLyraには、Bobの落ち込みの理由の1つは、これだと思ったの。

Bobのことを知らない人は、「変な客からの罵声を浴びてBobが可哀想」と思うだけだろう。

だがLyraは、これはひどい仕打ちだと思う。だってBobはユダヤ人だからだ。

ある意味この罵声は、人種差別の意味も含まれているわけ。Bobがどれだけ怒りに震えたか、Lyraは、見につまされて辛いのだ。

ただ普通にこの世に生まれて来ただけなのに、肌の色や宗教や国で差別されたくない。

それなのに色眼鏡で見られてしまう辛さは、経験したことがない人にはわからないだろう。

のっぴきならない行き止まりにいるような物だ。

それをBobは感じて、皆に「嘘つき」と言ったのだ、、、嫌になったら平気で裏切る奴ら=ファンや儲け主義のレコード会社の連中に、怒りを感じ、この曲を歌ったのだ。

どれだけ悔しかったかがわかる。

旧来のフォークファン達は、アコースティック楽器による演奏を純粋なフォークとして尊重する空気が強かったのもある。

つまり、Bobの変化はフォークからロックへの転向=裏切り者と、みなされたのも原因だ。

かつて言われていた自由の国とは、思えない保守的さだ。

Bobは、1966年にジャーナリストのJules Siegelに、創作過程の初期について話している。

「長さは10ページもあった。それは、特別なものじゃなかった。あることに対するぼくの明確な憎しみを自分に正直に、リズムをつけて紙の上に綴っただけのものだった。最後にはそれは、憎しみではなく、ある人たちにきみたちの知らないことがあるよ、きみたちは幸運だよ、と教えるものになっていた。報復ということばの方があたっている。初めはそれを歌だとは考えなかった。だが、ある日ピアノの前にすわったとき、それが紙の上でHow does it feel?と歌いはじめた。とてもゆっくりしたペースで、とてもゆっくりで何かを追いかけているみたいだった。」(1966年2月)

あることへの憎しみ…もう分かって来た?

大まかな作風が出来上がると、帰国し、Woodstock の自宅で、この散文から4番までの歌詞とサビのコーラス部分を組み立てたBob。

作曲は、アップライト・ピアノを使いキーG#(嬰ト長調)で作られ、レコーディングのスタジオでギターを使い、キーC(ハ長調)に変更。

モントリオールでのCBCラジオのインタビューでは、この曲の創作が、彼のキャリアの方向性を変えるものであったと説明。Breakthrough =突破口 と呼んでいる。

「20ページもの長さのある嘔吐作品を書いていた。そこから【Like A Rolling Stone】をつくった。そんなものを前に書いたことはなかったが、ふいにそれが自分のやるべきことだと感じたんだ…。それを書いた後は、小説や戯曲を書く興味が失せた。私は多くのことを抱えすぎていたんだ、歌が書きたいのに。(1966年2月)」

このページ数は、20Pと言ったり、20Pもなかった6Pだ、とか変わる為、実際の数は分かっていないらしい。

Bobは、ギタリストに、プロのレコーディングを経験したことのないButter fieldに在籍することになる、Mike Bloomfield マイク・ブルームフィールドを起用。

Bobは、Mikeが演奏する曲を覚えられるよう、週末にMikeをウッドストックの自宅に招いている

その時のことをMikeは語っている。

「最初に聴いたのは【Like a Rolling Stone】だったよ。俺は、Bobが求めているのはギターのチョーキングを使うブルースだと思った。その当時、俺が演奏していたのは、まさにそれだからね。でも彼はこう言うんだ、『ちょっと待ってくれ、B.B.キングみたいなのはいらない』てさ。「そうか、OK」本当にがっかりしたよ。彼は一体何を求めているんだ?ってね。俺たちは、この曲をひっかき回した。俺は、彼が望む通りに演奏し、彼もその演奏がグルーヴィーで良いと言ってくれたよ」

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この曲は6分という、当時のシングルとしては異例の長さ。売れ線とは言えない。

それに”Miss Lonely 孤独なお嬢さん”の転落した人生をベースに、虚飾に満ちた生き方からの脱却を問う歌詞は、Popsが主流の業界には合わないと判断された。

だがラジオによる放送が引き金となり、大ヒットを記録。

Billboardでは2位、、Cash Box 初めて(そしてBob 唯一の)シングルチャートNo.1となった、

 

この曲には、Al Cooper アル・クーパーのハモンドオルガンが加わっている。

それにより、歌詞に相応しい重量感と起伏・深度を表現できるようになった。The Hawkes ザ・ホークス(後のThe Band)を従えた1966年のワールドツアーのバージョンは完成度がより高くなった。

フォークソングをロックと電気楽器を主体としたサウンドによって演奏する音楽形態は、フォーク・ロックと呼ばれ、既に Animalsの「朝日のあたる家」や、Byrds のBobのカバー曲【Mr.tambourine Man】などのヒット曲で、現れていた。

土壌は出来上がってはいたのだ。

だがフォークは、1960年代初頭から公民権運動など社会的な運動と結びついて、多くのプロテストソングを生み出して来た為、知的な社会批評性を持つものとして大学生を中心に愛好されていたのもあり、スノッブなタイプには知的なジャンルだった。

それに反して、ロックは1950年代から10代の若者を中心に流行。ラブソングを主体とする楽しみのものと、軽く見られがちだった。

その為、フォークファンは、ロックを中身のない低級な音楽とみなす傾向が強く、Bobは、プロテストソングの代表的作者であり、「フォークの貴公子」と呼ばれていたこともあり、この変化を、商業主義への身売りであるとして非難し、それがあのブーイングに現れていたのだ。

 

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今ではこの曲は、ロック史上でも最も重要な曲の一つとされ、2004年に『ローリング・ストーン』が選んだ「ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500」で1位となった

そこでは「この曲以上に、商業上の法則と芸術的な慣習に根底から挑んで変革した楽曲はない」と評されている。また、2005年にイギリスの音楽雑誌『アンカット』が企画した「世界を変えた曲、映画、テレビドラマ」を選ぶ特集でも1位。ロックの殿堂の「ロックン・ロールの歴史500曲(500 Songs that Shaped Rock and Roll)」の1曲にも選出、1998年、グラミーの殿堂(Grammy Hall of Fame)入りを果たしている。

60年代の社会革命について言われるべきすべてのことが述べられている重要性がある【Like a Rolling Stone】。

かつて上流階級に属していた女性の転落を描いた部分に見られる反体制的な社会批評性と、「How does it feel?」で始まる意識変革を促すフレーズが相まって、Bob Dylanが追求してきたテーマの総決算となっている。

この歌詞の主人公が語りかけている女性は、アメリカの女優、モデルであった、Edie Sedgwick イーディ・セジウィック(本名:Edith Minturn Sedgwick、1943年4月20日 – 1971年11月16日)のことだと言われている。

このLyraのブログでは、何回かEdieについて書いて来たから、覚えてくれてる方もいると思う。彼女の映画も紹介したが、、、彼女が好きで、勇気のある人以外は、見ない方がいいかもしれない↓↓

*Edieについては、こちら→Edie Sedgwick 【Ciao! Manhattan】 あらすじ 感想 Angel with a Broken Wingネタバレ

*BobとEdieについては、こちらなど→【Bob Dylan / Leopard-Skin Pill-Box Hat】 対訳 Hat’s Bob’s Love! イーディの歌

*彼女についての歌→【The Cult / Edie (Ciao Baby)】 和訳 Love for Youthshaker! イアン誕生日おめでとう Lyrics

 

カリフォルニア州サンタバーバラで、名門の旧家セジウィック家の8人兄妹の7番目の子供として生まれたEdieは、牧場主でもある父から、その精神疾患の遺伝体質から「子供をもうけることを禁じられた」ことがある。

拒食症になり、父親の浮気現場を見た彼女は、父の逆鱗に触れ精神病院に入れられてしまう。その後、心を病んだ彼女は、アートを学ぶ為に、(逃げ出す為に)、NYへ移り住んだ。 これが、AndyやBobと出会う運命の扉を開くことになろうとは。

マサチューセッツ州のケンブリッジからマンハッタンに移る。1964年、ニューヨーク東60丁目に住み始めパーティーに明け暮れる日々を送り、社交界では有名な女性となっていた。

1965年3月、映画プロデューサーのレスター・パースキー宅でポップアートの旗手アンディ・ウォーホルと出会う。その出会いを機に、彼女の友人チャック・ウェインとともにウォーホルのスタジオである「(The Factory、工場の意)」 に通いはじめ、ウォーホルの映画に出演し続けるようになり、Andyの女神になり、ファッションアイコンになるのだ。

だがそれもBob Dylanとの出会いからギクシャクする。

【Bob Dylan / Leopard-Skin Pill-Box Hat】 対訳 Hat’s Bob’s Love! イーディの歌、

Stuck Inside of Mobile with the Memphis Blues Again】は彼女を歌っていると言われている。

不思議なことに、この歌に対しては、明確には言われていないが、EdieのParty三昧で、自堕落な生活を意味しているのは、わかると思う。

Bob Dylanとの出会いがAndyとの関係をギクシャクさせたにせよ、Edieは、縁は切れなかったのだ。

歌詞のように、BobといるのにAndyから呼び出されたら、行かずにいられないEdieの姿があったのだろう。

Andyは、Velvet Undergroundのプロデュースを始めたり、新しいFactoryのスター、イングリッド・スーパースターが出て来たこともあり、EdieとAndyの関係は悪化していく。

それでも1966年、Edieは、Bob Dylanと破局。

Andyのもとに居続けた、追い出されるまで。

ドラッグに溺れていた彼女は、タバコの消し忘れによる火事で火傷を負ったと言うが、この曲【Like a Rolling Stone】を聴いてどう思ったのだろう。

この曲の大ヒットは、同時代のロック・ミュージシャンに大きな影響を与えた。

ロックは単なる若者の娯楽にとどまらない、反体制的な思想性を持つ音楽となって、その文化的影響力を飛躍的に拡大させたのだ。

だが実際には、Bobの愛する人への愛憎が入り混じった激しい感情を吐き出した曲なんだと思う。

だからインタビューでBobは、この曲に対して、いつも「吐き出した」と言っていたのだと思う。

言わずにいられない思い。

今現在、不思議とBobとEdieのツーショットがない。

揉み消されたのか?

はたまたNY中は、知っていても全国区では、知られちゃいけないゴシップだった為に写真は撮られなかったのか?

大金持ちから転落したドラッグ塗れのお姫様を描いた【Like a Rolling Stone】は、聴いていて辛くなる。高いところから沈み込む痛みを知っているからだ。

あの大きな瞳で彼女は、NYの喧騒をどう見ていたのか?

愛さえあれば生きていけるのに、と思ってしまう。

「大切な愛(Bob)を蔑ろにしてまで、名声を得たい、注目を浴びるセレブ生活(Andy)の呪縛を解けない人間の末路は、死しかないのだろうか?」と胸が痛くなる。

Bobも同じ問いを頭の中で繰り返したに違いない。

その疑問と怒りと、まだ抱いている愛から、このようなキツい語り口調になったのだと思う。

現実を見せて、Edieに目を覚まして欲しかったんじゃないか?と感じてしまう。

「今のお前には、何も見えていないんだ」が、彼の憤りだ。

この曲を聴いて彼女が、態度を改めていたら死ななかったんじゃないか?と思ってしまう。

Well, you look so pretty in it
Honey, can I jump on it sometime?
Yes, I just want to see
If it’s really the expensive kind
You know it balances on your head
Just like a mattress balances
On a bottle of wine
Your brand new leopard-skin pillbox hat

と、可愛らしいEdieに「君って本当にかわいなあ」と語りかけているBobを知るだけに、この真逆の歌詞が痛すぎる。

転機になったこの【Like a Rolling Stone】は、Bobのキャリアだけでなく、彼自身の恋愛も変えた曲なんだろう。

「この春は、もう歌うのをやめようと思ったんだ。もう干からびたようなもんさ。そんな風に物事が進んで行ったな。めちゃくちゃ厄介な状況だったよ」と言う中で、「自分自身を掘り下げることが出来たってこと」が彼を変えたのだ。

「もし君自身が、自分を掘り下げなければ、奴らがどれくらい君を掘り下げるているか、他人から聞くのは疲れるからね」と言う憎しみが、発端だったにせよ、この曲の根底に流れているものは「強い愛」だと思う。

2020年代に入った今も、ライブで歌うBob。

彼の目の前に見える景色は、変わったにせよ、この曲の意味は変わらないだろう。

もしかしたらBobは、ステージの上から 暗闇の聴衆の中に輝く、細くて可愛らしいショートヘアのあの子が、見えているのかもしれない。

きっとEdieは、「言ってくれるじゃないの?」と、あの大きな瞳で、笑い返してるに違いない。

 

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During a difficult two-day preproduction, Dylan struggled to find the essence of the song, which was demoed without success in time. A breakthrough was made when it was tried in a rock music format, and rookie session musician Al Kooper improvised the organ riff for which the track is known. However, Columbia Records was unhappy with both the song’s length at over six minutes and its heavy electric sound, and was hesitant to release it. It was only when a month later a copy was leaked to a new popular music club and heard by influential DJs that the song was put out as a single. Although radio stations were reluctant to play such a long track, “Like a Rolling Stone” reached No. 2 in the US Billboard charts (No. 1 in Cashbox) and became a worldwide hit.

In the spring of 1965, after returning from the tour of England documented in the film Dont Look Back, Dylan was unhappy with the public’s expectations of him, as well as the direction his career was taking, and seriously considered quitting the music business. In a 1966 Playboy interview, he described his dissatisfaction: “Last spring, I guess I was going to quit singing. I was very drained, and the way things were going, it was a very draggy situation … But ‘Like a Rolling Stone’ changed it all. I mean it was something that I myself could dig. It’s very tiring having other people tell you how much they dig you if you yourself don’t dig you.”

The song grew out of an extended piece of verse. In 1966, Dylan described its genesis to journalist Jules Siegel:

It was ten pages long. It wasn’t called anything, just a rhythm thing on paper all about my steady hatred directed at some point that was honest. In the end it wasn’t hatred, it was telling someone something they didn’t know, telling them they were lucky. Revenge, that’s a better word. I had never thought of it as a song, until one day I was at the piano, and on the paper it was singing, “How does it feel?” in a slow motion pace, in the utmost of slow motion.

During 1965, Dylan composed prose, poems, and songs by typing incessantly. Footage in Dont Look Back of Dylan in his suite at London’s Savoy Hotel captures this process. However, Dylan told two interviewers that “Like a Rolling Stone” began as a long piece of “vomit” (10 pages long according to one account, 20 according to another) that later acquired musical form. Dylan has never publicly spoken of writing any other major composition in this way. In an interview with CBC radio in Montreal, Dylan called the creation of the song a “breakthrough”, explaining that it changed his perception of where he was going in his career. He said that he found himself writing “this long piece of vomit, 20 pages long, and out of it I took ‘Like a Rolling Stone’ and made it as a single. And I’d never written anything like that before and it suddenly came to me that was what I should do … After writing that I wasn’t interested in writing a novel, or a play. I just had too much, I want to write songs.”

From the extended version on paper, Dylan crafted four verses and the chorus in Woodstock, New York. In 2014, when the handwritten lyrics were put up for auction, the four-page manuscript revealed that the full refrain of the chorus does not appear until the fourth page. A rejected third line, “like a dog without a bone” gives way to “now you’re unknown”. Earlier, Dylan had considered working the name Al Capone into the rhyme scheme, and he attempted to construct a rhyme scheme for “how does it feel?”, penciling in “it feels real”, “does it feel real”, “shut up and deal”, “get down and kneel” and “raw deal”. The song was written on an upright piano in the key of A flat and was changed to C on the guitar in the recording studio.

For the recording session, Dylan invited Mike Bloomfield from the Paul Butterfield Blues Band to play lead guitar. Invited to Dylan’s Woodstock home for the weekend to learn new material, Bloomfield recalled, “The first thing I heard was ‘Like a Rolling Stone’. I figured he wanted blues, string bending, because that’s what I do. He said, ‘Hey, man, I don’t want any of that B.B. King stuff’. So, OK, I really fell apart. What the heck does he want? We messed around with the song. I played the way that he dug, and he said it was groovy.”

The recording sessions were produced by Tom Wilson on June 15–16, 1965, in Studio A of Columbia Records, 799 Seventh Avenue, in New York City. This would be the last song Wilson would produce for Dylan. In addition to Bloomfield, the musicians enlisted were Paul Griffin on piano, Joe Macho, Jr. on bass, Bobby Gregg on drums, and Bruce Langhorne on tambourine, all booked by Wilson. Gregg, Griffin, and Langhorne had previously worked with Dylan and Wilson on Bringing It All Back Home.

 

Dylan’s 1965 single “Like a Rolling Stone” is widely considered one of the greatest songs ever recorded. In 2004 the critics at Rolling Stone magazine (whose name was partly Dylan-inspired) named it the #1 song of all time, and it retained its No. 1 position when Rolling Stone re-configured its 500 Greatest Songs of All Time in 2011 and in 2017.

Though radio DJs initially hesitated to play it due to its groundbreaking six-minute length, the song became a smash hit, reaching #2 on the charts behind The Beatles’s “Help!”. Its combination of folk rhythms and electric rock and roll, its anthemic hook, and its defiant yet vulnerable lyrics had a massive impact on the music of the 1960s. Bruce Springsteen spoke for many in his generation when he testified to its influence:

The first time that I heard Bob Dylan I was in the car with my mother, and we were listening to, I think, maybe WMCA, and on came that snare shot that sounded like somebody kicked open the door to your mind, from ‘Like a Rolling Stone.’ And my mother, who was – she was no stiff with rock and roll, she liked the music, she listened – she sat there for a minute, she looked at me, and she said, ‘That guy can’t sing.’ But I knew she was wrong. I sat there, I didn’t say nothin’, but I knew that I was listening to the toughest voice that I had ever heard.

While never confirmed by Dylan, many fans have believed that the subject of the song is 60s socialite and Warhol muse, Edie Sedgewick. In what could be considered the first diss song in a tradition that would continue later in hip-hop culture, Dylan tells her tragic story and how she got there.

The official video for the song finally popped out on November 19, 2013.

Rolling Stone’s the best song I ever wrote.” – Bob Dylan

Personnel

  • Bob Dylan – vocals, electric guitar, harmonica
  • Mike Bloomfield – electric guitar
  • Bruce Langhorne – tambourine
  • Al Kooper – Hammond organ
  • Frank Owens – tack piano
  • Joe Macho, Jr. – bass guitar
  • Bobby Gregg – drums

 

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