Psychedelic movement for free minds, but it’s so complicated!! So my mind’s not free from train of my thought. but I love them.
ヒッピーやサイケデリックの世界って大好き。
でも、自己開放に囚われ過ぎて逆に複雑になってしまい、空中分解したカルチャーだった気がする。
そのせいか、理解していない人や誤解もある。歌詞や映画の和訳もおかしかったりね。
文化を伝えるのって、やはり知識がないとダメなんだ。
今日Lyraが和訳&解説するのは、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコで結成された、サイケデリックカルチャーを象徴する代表的なサイケデリック、アシッドロックバンド、Jefferson Airplane ジェファーソン・エアプレイン。
一度1972年に解散後、Jefferson Starship ジェファーソン ・スターシップ に改名して再始動し、更に 1990年にはPaul Kantner ポール・カントナーが中心となる、Jefferson Starship-The Next Generation ジェファーソン ・スターシップと、
Mickey Thomas ミッキー・トーマスがリーダーのStarship スターシップ (Starship featuring Mickey Thomas) の2つが共存しているという、とっても人間関係が複雑な変形バンドになってしまった。
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1996年、「ロックの殿堂」入り。
長く続いたバンドと言うだけでも凄いのに、メンバーの出入りも激しいし、2つのバンドに分離すると言う、事件が色々と起きまくりバンドだから、長〜くなってしまう。
なので、今日Lyraが話すのは、分離するずっと、ずっと前、サイケデリック真っ只中の話に絞ります。
その時代の彼らが1番面白いし、格好良いからよ!
今日Lyraが和訳する曲は、Jefferson Airplane がアメリカ全土でメジャーな人気と地位を確立するキッカケとなった曲、【Somebody To Love】。
彼らを知らなくても、映画やドラマやCMなどに色々使われている曲だから、ロックに詳しくない人でも、一度は耳にしたことがあるでしょう。
あの1960年代の空気に触れてみてよ。
あの時代を象徴するには良い曲だから、Lyraの深読みと一緒に、また解説しましょう。
詳しい話は、Lyraの和訳の後に…!
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Jefferson Airplane, a rock band based in San Francisco, California, was one of the pioneering bands of psychedelic rock. Formed in 1965, the group defined the San Francisco Sound and was the first from the Bay Area to achieve international commercial success. They were headliners at the three most famous American rock festivals of the 1960s—Monterey (1967), Woodstock (1969) and Altamont (1969)—and the first Isle of Wight Festival(1968) in England. Their 1967 break-out album Surrealistic Pillow ranks on the short list of the most significant recordings of the “Summer of Love”. Two songs from that album, “Somebody to Love” and “White Rabbit”, are among Rolling Stone’s “500 Greatest Songs of All Time.”
Somebody To Love written by Darby Slick, the brother-in-law of Grace, and was first recorded and released as a single by an obscure Bay Area band called the Great Society, which featured Grace Slick on vocals, Darby on guitar and grace’s husband jerry slick on drums.
The single went nowhere, the group broke up and Grace joined Jefferson Airplane, which was already established. When she joined them, they recorded a new version of “Somebody To Love” and also did “White Rabbit,” which she wrote as a member of The Great Society.
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= Somebody To Love あなただけを=
[Verse 1]
When the truth is found to be lies
And all the joy within you dies
[Chorus]
Don’t you want somebody to love
Don’t you need somebody to love
Wouldn’t you love somebody to love
You better find somebody to love
Love, love
[Verse 2]
When the garden flowers
Baby are dead, yes and
Your mind, your mind is so full of red
[Chorus]
Don’t you want somebody to love
Don’t you need somebody to love
Wouldn’t you love somebody to love
You better find somebody to love
[Verse 3]
Your eyes, I say your eyes may look like his
Yeah but in your head, baby
I’m afraid you don’t know where it is
[Chorus]
Don’t you want somebody to love
Don’t you need somebody to love
Wouldn’t you love somebody to love
You better find somebody to love
[Verse 4]
Tears are running
Down and down and down your breast
And your friends, baby
They treat you like a guest
[Chorus]
Don’t you want somebody to love
Don’t you need somebody to love
Wouldn’t you love somebody to love
You better find somebody to love
真実が、嘘になってしまったら、
貴方の渇望の中でだけ、喜びが満たされるの
愛する人が欲しくないの?
愛する人が必要じゃない?
愛する人を愛してあげたくないの?
あなた、愛せる誰かを見つけた方が良いわよ
愛して、愛して
庭の花々が咲き乱れてる時に、
愛しい人よ、全部が死んでるの
そうよ、そうしたら、
貴方の精神が、貴方の精神の全てが、凄く真っ赤に染まっているの
愛する人が欲しくないの?
愛する人が必要じゃない?
愛する人を愛してあげたくないの?
あなた、愛せる誰かを見つけた方が良いわよ
貴方の瞳ったら、貴方の瞳ったら、
彼の瞳みたいに見えるわ
ああ、そうよ、でも貴方の頭の中が、ベイビー
私は怖いのよ、どこにあるか貴方ったら、全く分かっていないんだもの
愛する人が欲しくないの?
愛する人が必要じゃない?
愛する人を愛してあげたくないの?
あなた、愛せる誰かを見つけた方が良いわよ
涙が流れ落ちて行くの
下へ下へと落ちて行くの、貴方の胸までよ
貴方のお友達がね、ベイビー
お客様みたいに扱ってくれるわよ
愛する人が欲しくないの?
愛する人が必要じゃない?
愛する人を愛してあげたくないの?
あなた、愛せる誰かを見つけた方が良いわよ
Songwriter: Darby Slick
Translator: Lyra Sky 和訳
https://youtu.be/ceJQoKl2-F8
この時は、まだモデルの仕事もしていたから、可愛らしいGrace Slickが目玉よん、って感じでバンドもキチンと治っいます。
安心してみれるわ。
で、次はMontley モントレーのフェスのライブ。
この時は、すでに旦那いるのに リズムギターのPaul と結婚したGraceだと思う。
貫禄がバーン!
Inprovisation Battle!
即興演奏の嵐でハッキリ言ってバトルしてない?
戦いよ。
これ絶対、「俺が!俺が!」
「私が!私が!」の前に行きたがり合戦になってしまってるでしょう?
Jefferson Airplaneは、メンバーがそれぞれ好きな音楽が違うバンドだったから、多様性があって間口が広い。
音楽の引き出しが多いのは素晴らしい。
それに、一人一人が演奏力もあるから、色々やりたがるし出来ちゃう。
それが魅力だったし、互いに戦うように刺激し合うのは良いことだと思う。
毎回ライブが緊張感あってね。
でも、モントレーミュージックフェスティバルのこのライブ映像みたいに、ここまで来るとやりたい放題だから、まとまりがなくなって楽曲が良いだけに勿体無いなあ、思ってしまったよ。
朝の話ばかりしているGrace姉さんの歌詞がめっちゃくちゃなのは気になるけど、今年、2018年9月27日に亡くなった Martin Balin マーティン・バリンとバトルちっくに歌合戦してるのは、元気だわ、と生命を感じたわ。
生きてるってこういうこと?
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1960年代に吹き荒れたビートルズ旋風/ブリティッシュ・インヴェイジョン、その影響下で続々と誕生したアメリカンバンド第一世代を代表するグループと言われるJefferson Airplane。
反体制、薬物体験を歌った歌詞が多く、そのため60年代カウンターカルチャーの申し子とされた。
彼らが初期に使用していた、ドラッグカルチャーの歌詞や、ライトショウを駆使したステージに象徴されるサイケデリアの時代に人気絶頂だった為、日本では単に「サイケデリック・ロック」の代表格として語られる事も多いが、実際には、もっと幅広い音楽的要素を持っているバンドだった。
創設者でありヴォーカリストとリズムギターを担当する Martin Balinマーティ・バリンは1962年にポップス/R&Rシンガーとしてシングル・デビューしていた。
その後サンフランシスコに移りダンサー、フォーク・グループに参加などしていたが、バンド・スタイルを望んでいた。
リズムギターとヴォーカルを担当するPaul Kartnerは、根っからのフォーキーで、フォーク・シンガーとしてサンフランシスコのコーヒーハウスなどで活動。
この2人が出会い、1965年にジェファーソン・エアプレインの母体が出来上がりライブ・デビュー。直ぐにRCAとメジャー契約した。
当初はBalin のボーカルを中心に、1966年のデビュー・アルバム「テイクス・オフ(Takes Off)」は、サンフランシスコ・ローカルのトップ・グループボーブラメルズ(Beau Brummels)の流れを汲む軽快な楽曲、フォーク・シーンでは堅実なブルース・ギターを得意にとしていたカウコネンらの演奏に、プロデュースと録音エンジニアを務めたデヴィッド・ハッシンジャー(:David Hassinger)のアレンジでフォーク/R&R/R&B/ブルースが混ざり合ったフォークロックだった。
当時のドラムSkip Spence 脱退。ドラッグ癖がひどく活動に影響をきたしたことや、ギターに戻りたい意思もあって離れた(彼はMoby Grape モビー・グレープを結成)。
66年春には、当時ヴォーカリストだったSigne Toly Anderson シグニートリーアンダーソン が出産しバンド活動が出来なくなり10月に脱退。
新ドラマーとして Spencer Dryden スペンサー・ドライデンが加入し、ヴォーカルには9月に解散したGreat Society グレイト・ソサエティの Grace Slick グレイス・スリックをスカウトした。
これによって、この最盛期にあたるJefferson Airplane のゴールデンメンバーが揃ったのだ。
モデルをやっていたGrace。そのセクシーなルックスとパワフルな歌声で、アメリカ全土にJefferson Airplaneの名が知れ渡るようになるのだ。
Martin Balin,
Paul Kantner,
Jorma Kaukonen (Lead Guitar),
Jack Casady (Bass),
Spencer Dryden (Drums).
Grace Slick (Vocal, Piano)
という新たなラインナップで制作されたアルバムが67年2月にリリースの『Surrealistic Pillow』だ。
このアルバムに、Great Society時代のGraceのレパートリーでGreaceの義理の弟であるDarby作の【SOMEBODY TO LOVE】と「WHITE RABBIT」が収録され、その2曲がシングル・カットされるとビルボード・チャート5位と8位に、アルバムもチャート3位にランク・インするビッグヒットになる。
この二曲の大ヒットが、サンフランシスコで花開いたサイケデリック・カルチャーを世界中に知らせるきっかけとなったの。
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Graceには、カリスマ性があったから大ヒットしたのだが、この成功により自信を得たメンバーも各々、強烈に主張し始めて行く。
そして、モンタレー・ポップ・フェスティバルへの出演で、Jefferson Airplaneの名前は全米に広まった。
この頃よりライブ照明にリキッドライトを導入している。
このあとの3rd アルバムから不協和音がバンド内に走る。
当初Martinがリーダーだったが、3rdアルバム制作あたりから、Paulがリーダーシップを取り出し、他メンバーの主張しだしてしまう。
新しい音楽表現を追求したサイケデリアの時代が過ぎ、1969年のウッドストックに出演する頃にはベトナム戦争が泥沼化、バンドは反体制メッセージの代弁者としての存在感が増して行く。
その為、政治的メッセージを発するPaulとカリスマ性のあるGraceに注目が集まるようになった。演奏スタイルも1970年代に入る頃にはストレートでよりヘヴィなものに変化して行く。
Paulは、1970年にプロジェクトユニット、Paul Kantner Jefferson Starship名義でのアルバムを発表。
さらに、オルタモントでの事件やジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリンの死を契機に、Martinは音楽活動自体を見直したいと自分が作ったバンドから1971年に脱退。
1972年に最後のツアーが行なわれた後、翌1973年にはそのライブ盤がリリースされた。メンバーそれぞれ、やりたいバンドを作り始めたため(Hot Tuna ) Jefferson Airplaneは、正式に解散した。
第一次Jefferson の終わり。
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このあと二手に分かれ、途中、再結成したりするJefferson Airplaneのメンバー。
サイケデリックの夢をもう一度見たかったのかな?
【Somebody To Love】は、まあ、一言で言えば「恋をしようよ」なんだけど、ちと変化球。
中には「この曲には意味がない」とか、「ただ韻を踏んでるだけ」と言う人が多いが、イヤイヤ、違うでしょ。
意味、大ありでしょ!
「愛する人がいないと、人生が味気ないものになるから、早く愛する人を探しなさいよ」と言う歌であり、
地球が終わってしまうかもしれないし、
真実だと信じていたものが嘘っぱちだとわかったりしたら、
何も信じられなくなるわよ。
だから、愛しなさいよ、誰かを、という歌。
つまり、「今信じている国や体制や、社会が全部嘘っぱちかもしれないよ!
愛だけよ、信じられるのは!だから、愛し合いなさいよ」って意味だし、
これは、あの当時のヒッピー文化やサイケデリックムーブメントの根本的なマインドでしょう。
お花もそうよ。
Lyraの大好きなフラワームーブメントは、お花がヒラヒラのヒッピーの象徴。
意味があるのだよ。
歌詞で途中、話してる相手のお目目を見たりして、
「あなたの瞳って彼の瞳みたい」なんて覗きこむの。
ますます妖しい雰囲気になるわけ。
彼がいるのに、男のアナタのお目目を覗き込むワタシよ。
だから、ここから先はLyraの深読みになるんだけど、
まず邦題の「あなただけに」がおかしい。
どこにも、「あなただけに」の言葉も、想像出来るニュアンスもない。
確かにLyraも恋愛は一途だから、世の中にも「あなただけに」と一途であって欲しいの。
でもね、あのフラワームーブメントの時代のアメリカ、西海岸よ。
サンフランシスコよ!
ドラッグカルチャーを推し進めていたJefferson Airplane が言ってるのよ!
もう、言うの嫌だけど、、、
Free Loveだよね、これ。
「誰か愛しあえる人を探しなさいよ!」
なのよ、表向き。
深読みすると、
「誰かと愛し合ったら?」なだけなのかもしれないの。 やったら?なの。
Free Love, Free Sex,
One Love, One Heartなのよね。
どちらに取るかは、あの当時のその人の生き方の違いで決まったと思う。
あなたはどっちに取る?
Lyraは、一途に生きたいわ。
「Lyraはサイケ好きだから、Psychedelic Mindじゃないの?」って言われそう。
だって嫌じゃない?
好きな人があちこちにいるの。
1人に絞るべきだと思うもの。
疲れるし、体もたないし(笑)。
事実、あの時代に、もめたり変な病気流行ったりしたじゃない?
特にカソリックの人は、色々と厳しいから大変だよね。
だから、実際は「誰かとやったら?」に近いかもしれない【Somebody To Love】だけど、
Lyraは「愛し合える大切な人を探しなさいよ!」にとりたいデス。
だって、怖くない?
本当、この世界が終わりそうな事件とか、天変地異が起きそうなんだもん。
急激に寒くなって冬到来から、いきなり氷河期入っちゃうかもよ! なんてね。
明日、太陽がBang! するかもよ?
その時は、やっぱ愛する人と一緒にいたいもんね。
そんな危機感持って生きていた方が良いと思う。
リアルに感じられるもの。
生ぬるい世界じゃ物足りない。
だから、愛し合うのを忘れないでね。
ハグするだけでも良いじゃない?
好きを伝えてみて。
誰かを愛するって素敵だよ。
だから、この手を離さないで。
ずっと抱き合っていよう。
この世の終わりまで。
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Members
- Paul Kantner – rhythm guitar, vocals (1965–1972, 1989, 1996; died 2016)
- Jorma Kaukonen – lead guitar, vocals (1965–1972, 1989, 1996)
- Marty Balin – vocals, rhythm guitar, percussion(1965–1971, 1989, 1996; died 2018)
- Signe Toly Anderson – vocals (1965–1966; died 2016)
- Bob Harvey – double bass (1965)
- Jerry Peloquin – drums (1965)
- Skip Spence – drums, percussion (1965–1966; died 1999)
- Jack Casady – bass, rhythm guitar (1965–1972, 1989, 1996)
- Grace Slick – vocals, piano, keyboards (1966–1972, 1989)
- Spencer Dryden – drums, percussion (1966–1970, 1996; died 2005)
- Joey Covington – drums, percussion (1970–1972; died 2013)
- Papa John Creach – violin, vocals (1970–1972; died 1994)
- John Barbata – drums, percussion (1972)
- David Freiberg – vocals, rhythm guitar (1972)
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